宮城コンプリートのプロセスでは、幾つものジャズ喫茶にも立ち寄った。仙台市では、カウント、カーボ。栗原市では、コロポックル。登米市のエルヴィン、等々。何をもってジャズ喫茶と呼ぶかという定義は難しい。そういう意味では未踏の店舗は多いかもしれない。それでも宮城県の主だったジャズ喫茶は殆ど網羅したのではないか。今回、石巻市からの帰路にGoogleマップで、「ABBEY ROAD」なるジャズ喫茶を見つけた。折角の機会なので、旅の最後に立ち寄ることにした。
ABBEY ROADは、東松島市(旧・矢本町)の住宅街にあった。予備知識なしに訪問したところ、現地は本当に普通の住宅街だった。というよりお店自体も一般住宅の隣に建った車庫の二階にあった。クルマはその民家(大きくて立派な民家ですが)の門扉の中に停めることになった。少し困惑した。入り口で靴を脱ぎ、二階の扉を開けると、ちょっと外からは想像できない正統的なジャズ喫茶ワールドが展開していた。先客は二名、持参したレコードをかけてもらい、うっとりとしている。JBLの大型システム、マッキントッシュを中心としたアンプ群、プレーヤーは僕もかつて使っていたトーレンスのTD520系だった。この日は帰路を急ぐこともあり、短時間の滞在となったが、正直びっくりするほど音の良いジャズ喫茶である。自分でCDとかレコードを持ってくれば、それも掛けてくれるという。あまりに正統的かつ古式ゆかしい内装だけど、あとで調べたら、オープンしたのは2012年とのことだった。以下は直接お聞きしたのではなく、ネット記事で読んだ内容だ。
元々、マスターは石巻の水産関連を扱う流通会社の役員だったそうだ。その会社の社長を慕い、右腕として忙しいながらも充実した日々を送っていた。当時、現在のジャズ喫茶店舗は個人のオーディオ部屋であり、自分の趣味として築き上げたシステムだという。要するにマニアさんである。そんな時に当地を襲った東日本大震災。勤務先の会社は津波で全壊、残念ながら社長もご遺体で発見され、会社は廃業となった。マスターのご自宅にも津波の浸水があったものの、二階にあるオーディオ鑑賞室は無事だったという。色々なものが失われたけど、音楽は残った。一念発起。その後、一年半かけて自宅の復旧と鑑賞室の改装を行い、2012年12月にジャズ喫茶として開業したのである。
そんなドラマがあった店とは全く知らなかった。優しそうで人当たりの良いマスター。懐かしい雰囲気のする店内。羨望のオーディオ。薫り高い珈琲。いかにもジャズ喫茶らしい音。それらが生死を潜り抜けた先に出来上がったものかと思うと、心が震えた。失われたもの、残ったもの。そこから導かれた「やりたいこと」。岩手コンプリートの際は、「東日本大震災」を強く意識した。宮城コンプリートでは、その気持が薄れていたように思う。石巻周辺は多くの方が犠牲になった鎮魂の地でもある。最初に店に入るときに、「何だか普通の家みたいだな~」なんて呑気に構えた自分が恥ずかしい。ジャンル問わず、どんなレコード(ジャズ以外でも)でも持参すれば掛けてくれるという。勿論、店内のレコードだって聴くことが出来る。是非、もう一度お邪魔したい。
追伸:本来は予約してから行く方が良いようです。でも普通に受け入れてくれました。ありがとうございました。