No Room For Squares !

レンズ越しに見えるもの または 見えざるもの

現代に残る隠れ里〜トンネルでしか行けない集落

2024-06-11 | 街:秋田











北秋田市の根子集落である。ここは驚くべき場所だ。四方を山に囲まれ、周囲から隔絶された集落である。摺鉢状となった地形に、約50戸、人数にして110人ほどの住民が暮らしている。集落への出入り口は、基本的にトンネルのみとなる。そのトンネルは昭和50年に完成したもので、延長575mで片側交互通行、途中2箇所に待避所が設けられている。トンネル完成前は、殆どの住民は山道を歩いて集落への出入りをしていたという(地図で確認すると、かなり遠回りの林道らしき道路は一応ある)。まさに隠れ里という表現がぴったりの集落だ。実際、ここには落人によって切り開かれたという伝説がある。多分当たらずとも遠からじだとは思う。でも、その由来は源氏側の落人という説と、平家側の落人という相反する2つの説がある。面白すぎる。ちなみにマタギ(銃を使った)発祥の地とも言われ、集落のマタギは戊辰戦争に徴用され功績を残したという逸話もある。現在、集落内には店舗は一軒も存在しない。不定期で使われていると思われる古民家宿泊所があるのみである。当然、駐在所とか学校とか、公的な機関の出張所も存在しない。まるで独立国のような様相であり、日本国の統治が及んでいるのか不安にもなる。先日、この根子集落を散策してきた。

まずは噂のトンネルから集落に入る。異界への入口みたいで少々びびった。575mということだが、入口からは出口が見えないので、実際より長く感じた。行きは他のクルマとすれ違わなかった。ちなみに帰りはすれ違いを経験したが、トンネル内の警告灯がビカビカと光るのですぐに分かり、途中の待避所に入った。すれ違いの際はクラクションを鳴らして合図するようだ。トンネルを抜けると、そこは高台になっていて、集落を見下ろすことが出来る。金田一耕助とか内田康夫シリーズに出てくる町みたいだ。そこでは権力者が町を実行支配し、おどろおどろしい出来事が起きる。近代の日本にそんな場所があるかよ?と思うけど、この高台から眺めると「あるかも」と思えてくる。町に入る様子は住民から監視されていて、捕まってしまうのではないかと不安になる。

でも安心して下さい。そんなことはありませんから。出入りは特殊でも、集落の様子は他と変わらない。住民の方も道ですれ違うと明るく挨拶してくれる。集落内に自民党のポスターが貼ってあった。岸田首相がインチキ臭い表情をしたポスターだった。是非は別にして、確かに日本国の実効支配が及んでいると分かり、ほっとした。集落内には空き家が増えているようで、過疎化も進んでいることが見てとれる。蛇足だけど、自民党の凄いところは、こういう集落の住民の声も聞こうとする姿勢(聞いて実現しているかどうかは不明だが)かもしれない。民主党であれば効率論から切り捨て、人口の多い地区を重点的にケアするだろう。効率論だけでは地方自治、ひいては国体は維持できない。とはいえ、この集落がいつまで維持されるのか、先行きは決して明るくない。まるで映画の舞台さながらの隠れ里。興味深い場所だった。

追伸:フィルムシミュレーションのクラシックネガで撮った写真は、少しばかり陰鬱過ぎた。そこでRAWからPROVIA(標準)に変えた。正直、陰鬱な方が雰囲気はあった。

X-PRO3/  XF16-80mmF4 R OIS WR


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ROKU GIN 〜「六」という名のジン

2024-06-09 | その他



僕のブログネームは「6x6」という。これは元々、二眼レフの写真を掲載するブログとしてスタートしたことに起因する。「6x6」というのは、二眼レフのフィルムフォーマット名であり、縦横6センチの正方形を意味する。ちなみに読み方としては「シックスバイシックス」となる。だがいつしか、僕は「ロクロク」とか「ロク」と呼ばれるようになった。最初は落語に出てくる胡麻塩頭のご隠居さんみたいだと違和感を覚えた(笑)。いまではすっかり慣れて、自分は「ロク」だと認識するに至った。

前置きはそれくらいにして、サントリーにジャパニーズクラフトジンを名乗る「六」というジンが存在する。2017年の発売らしい。僕はその存在をつい最近知った。日本伝統の「桜花、桜葉、煎茶、玉露、山椒、柚子」6種類の成分が入ったジンだという。「六(ロク)」・・・。どんな味なのか気になる。しかもボトルを見れば、「ROKU GIN」と書いてある。これは「ロクとギン」とも読める。僕と猫の銀次郎だ。もう買って飲んでみるしかあるまい。というわけで飲んでみたのが今回の記事だ。推奨通り、炭酸水で割った。山椒と柚子はすぐに分かった。あとは複雑に絡んだ奥深い味だった。1日1合だとすれば、写真の炭酸割り(ジン30ml、炭酸水150ml、氷たくさん)を2杯飲むことが出来る。惜しむらくは実売価格が4000円強とお高いことだ。うん、やはり1杯にしよう。

追伸:iPhone13PROが音声通話の際に雑音が多く入るようなって困っていた。やむなく15PROに買い替えた。使用感はほぼ同じだけど、カメラの性能が無茶苦茶良くなっていて吃驚。


iPhone 15PRO




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大人の遠足(後)〜戻る勇気、留まる勇気

2024-06-05 | 街:新潟













後編です。
大洋酒造の蔵を出た僕は、中心部(大町)に足を伸ばす。いつも行く「お約束の場所」である。他にも肴町とか鍛冶町とか、いかにも城下町らしい町並みもあるけど、どうしてもここに来てしまう。もはやクルマで来たときと同じ状況になった。ただ一点、大きな違いがある。今日は鉄路で来たので、アルコールを嗜むことが出来るのだ。というわけで念願のランチである。狙っていた店は貸し切りで入れなかったが、他の店でビールと日本酒付きで食事をした。これで旅の目的の7割方は達成されたといえよう。公共交通機関で遊びに出かけ、お昼(夜でも良い)にビールなんかを頂いて、そして帰宅する。大都市圏では当たり前の行為かもしれないが、東北の田舎町では中々困難な作業なのである。どこかで「クルマ」が介在しないと実現しない。そもそも家から鉄道の駅までクルマがないと到達できない地域が殆どなのである(幸い、僕は不便さを別にすれば鉄道の駅まで歩いていくことができる)。

感慨に耽りながら〆張鶴を呑んだ(写真の銘柄しかないのは残念だった)。食後は、ぷらぷらと周囲を歩き、パシャパシャと色々なものを撮影した。それは大体写真の通りである。まだ時間は残っている。でも何故か僕は予定の時間よりもかなり早く駅に歩いて行った。乗るべき列車の時刻の40分以上前には駅に着く。鉄道とかバスの時刻に合わせて行動する習慣を持たなくなってから、既に15年以上経つ。時刻調整をスマートに出来ない。しかも1本列車を逃すと、数時間の遅れは当たり前、場合によってはその日のうちに帰れなっても不思議ではない環境。必要以上にナーバスになる。東京在住の時代は、終電に走り込んでギリギリ間に合う、そんな綱渡りも日常茶飯事だったけど、田舎ではそうもいかない。時間つぶしに駅前で軽く一杯と思ったが、そんな店はなかった。ただ駅で列車を待って過ごした。これでは駄目駄目だと思う。折角の遠足、現地滞在時間は4時間半しかない。そのうちの15%近い時間を駅の待合室で、ただ列車を待って過ごした。次回以降の遠足のテーマとなるだろう。


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大人の遠足(前)〜鉄路日帰りの限界点

2024-06-03 | 街:新潟











「きらきら日本海パス」というJR東日本の周遊チケットを使い、新潟県の村上市まで遠足に行ってきた。秋田県の羽後本荘駅から新潟県の越後下関までの区間(一部私鉄やバス路線含む)が、2日間2610円で乗り放題となるお得なチケットだ。細かいことをいえばチケットが使える前後の区間とか、そして特急券は別途費用が掛かるなど、これで完結はしない。そこには目を瞑ろう。諸事情から宿泊を伴う外出が難しいなか、このチケットを使えば、僕の住む秋田県から新潟県村上市まで日帰りで往復することが可能になる。重要なのはその点だ。新潟県村上市は僕の住む秋田県からの日帰り遠足を楽しみには、ほぼ限界点だと思う。もちろんコストと時間を度外視し、新幹線を利用すればもっと遠くへ行くことも可能だ。だがそれは遠足とは趣を異にする。鉄道で村上市に行けば、昼食にビールとか〆張鶴を呑むことも出来る。どういう旅になるかは想像できない。単なる壮大なランチ計画なのか、想定通りの大人の遠足なのか、とにかく短い日帰り旅に出よう。

というわけでJR村上駅に着いたのは午前11時少し前。午後3時半までの4時間が今回の遠足時間だ。帰宅時間を遅らせれば一応延長も可能だ。駅を出て歩くと、いきなり村上牛の肉屋さんがあり、良い匂いが漂っている。値段も手頃である。しかし到着早々にいきなり昼食を食べる訳にもいかない(帰りにお土産買いました)。泣く泣く先に進む。しばらく行くと、大洋盛(大洋酒造)の見学用の蔵が出現した。次から次に難敵が出現し、ドラクエか?と思う。とにかく素通りはできないので入ってみる。またここが居心地の良い場所で、1枚110円のコインを何枚か買い、試飲を始める。鉄道で来てよかったと涙が出た。気分的なものもあり、試飲した酒はものすごく旨く感じる。腰を落ち着けそうになるのを「いかん、いかん」と言い聞かせ、外に出た。蔵から出ると、先ほどまで涼しげだった気温は急激に上がり、蒸し暑くなっていた(アルコールのせい?)。ウィンドパーカーを脱ぎ、半袖になる。衣替え当日の6月1日のことで、気分まで軽やかになった。さあ先に進もう。
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時には裏窓から春が見える

2024-05-31 | 風景・自然


裏庭でモノクロの花が咲くと嘯いた後、実は裏窓では新緑の緑が眩しかったりする。
それにしても浅川マキの歌う「裏窓」には圧倒される。作曲は浅川自身で、作詞は寺山修司。あの寺山修司である。寺山は、とにかく「裏」と名のつくものが好きだ。裏窓、裏町、裏通り、はてや裏人生。そして裏窓からは色々なものが見えるという。夕日、洗濯干し場の梯子、川、ときどき人の別れ、あした。やはり寺山は天才だと思う。実際窓からは色々なものが見える。それは内と外、光と影、生と死を繋ぐ「接点」でもある。

そんな大げさなことばかりではない。今の季節、我が家の窓からは隣家の緑が見える。そして猫が大好きな場所である。時には裏窓からも気持ちの良い春が見えることもある。少し雑用が多く、また写真が撮れなくなってきた。これは少し前の写真だけど、賞味期限がほぼ切れるので無理やり掲載した。春だ、春だと思っていたら明日は明日はもう衣替え。もはや初夏である。だからこの写真は、僕の備忘録も兼ねている。ちなみに秋田県では、6月1日になったからといって必ずしも衣替えするとは限りません。昼間は暑い日が増えたけど、いまでもストーブを使っている家庭は珍しくない。春にも色々ある。

X-PRO3/ XF35mm F1.4R
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