ふと覗いた古本屋さんで、東村アキコさんの漫画
「かくかくしかじか」が全巻揃っていたので、思わず
大人買いしてしまいました。
読破・・・号泣。
むか~し、私は 美術系専門学校に 通っていました。
そこで二人の恩師に出会い、沢山の影響を受けました。
その中の一人は 故 吉田たろう先生です。
20代半ば、百貨店で派遣の仕事をしながら
まだ絵を描いていた頃、「翡翠ちゃん~関西美術文化展に出品せ~へんか?」
と、勧めてくれた たろう先生。
「全紙2枚分くらいで描きや!」と言われ、しかも期限は1カ月でした。
とりあえず、百貨店の仕事は休んで一日中 制作。
長閑な時代でした。
たろう先生が 体を壊されて何年かたった頃、先生のイラスト モムの絵葉書で
手紙が届きました。
「いつも元気な 翡翠ちゃん・・・その元気を貰う 元気がないよ・・・」
そんな書き出しだったかと思います。
これはちょっと、一回お見舞いに行こう。
基本、即断即決即実行な私は 翌日 先生の入院先へお見舞いに行きました。
病室を覗くと 先生は青白い顔でこちらを見ていました。
ちょうどその時、制作中だった 貼り絵を何点か持って行ったので
見てもらいました。
作品に目を落とす先生の顔は、学校で見たときの あの先生の顔でした。
「う~ん よう頑張ってるやんか~」
さっきまで、あんなにしんどそうだったのに、生徒の作品を見ると
こんなに変わるの??
先生の顔を見ながら、そう思いました。
でも、それが 先生と話をした最後でした。
その年の 10月に66歳で お亡くなりになられ、
後の 友達の話では 夏場に暑中見舞いも兼ねて 友人知人や生徒達に
沢山 ハガキを出されたそうです。
あのモムのハガキが来なかったら、きっと行かなかったかもしれない。
たろう先生からの 数々の手紙は今でも 大切にしまってあります。
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