神様がくれた休日 (ホッとしたい時間)


神様がくれた素晴らしい人生(yottin blog)

初入院 初手術 てんこ盛りの一日

2024年05月25日 05時54分20秒 | 病気と健康

5月24日、 朝6時半 1回目の 血圧 血糖値 酸素濃度 体温 計測

7時半 朝の薬 、1往復 散歩 9時 麻酔の 女医師先生が やってきてた

長身スラリ、知性的な瞳、パワーを感じる、手術の時の麻酔の説明 全て 初めての麻酔 全身麻酔 手術終了後の痛みを減らすための 硬膜外膜麻酔、針を刺す、硬膜外膜の痛みを取るための麻酔 この3つの麻酔をするらしい

一人でレントゲンに行き、戻れば腸内洗浄、そしてついに管を外してくれた、すごい開放感、下着とパジャマの着せ替え、掃除、点滴増加、2回目の検査、今日からお風呂も入れる、頭を洗いたい

昼の薬

15時、突然の部屋移動、外国人介護士が入って来て、ベッド移動します

寝耳に水、どういうことかわからず説明を求めるが要領を得ず、上司に来てもらいやっと理解

私は手術後、落ち着いてから大部屋と思っていたから心の整理がたいへん

すぐにベッド毎、移動、アァやっと風呂に入って頭も洗えると喜んだのに、目の前の餅は消え失せた。

今度は何日かに一度らしい

大部屋は同じフロアにある、先住者三人いた、入口の温厚そうなインテリジェンスな雰囲気の50歳くらいかな、感じよく挨拶

窓際の私の前の白髪混じりの60代?が話しかけてきた、ひとなっこい、空いたら、すぐ入る、ほんと混んでいるんだなと言ってから、あんた名前は?

ああマルマルさん、珍しい名前だね。 そうだね、この町にはあまりないネェ。(全国では100番前後のありふれた姓だが、この町には今も三軒くらいしかない、すべて流入者)

ああ!どこどこにマルマル鮮魚店ってあったね

それそれ、それですよ。      ああ知ってる知ってる。

お宅さんの名前は?   N地区のKと言います。

鮮魚店で一緒に働いていたKさんもN地区でしたよ

そうだよね、Kさんの奥さんの広島へ嫁いだ姉の旦那は、私の従兄弟です

私の女房もN地区のIの娘ですよ。

おやぁ、ほんと世間は狭いなあ。

とりあえず道連れがすぐにできてよかった。

看護師が迎えにきた、歯科で歯のクリーニング、麻酔の時、事故が起きない準備だ、やく45分かかった、4時から手術の明細の説明があるが30分以上押している、女房殿も妹も待っているはず。

急いで戻り、外科医が待つ面談室へ、外科のトップに初めて会った、思ったより若い、これまで面倒見てくれた二人は外科部長だった

手術は5人で担当する、時間は麻酔を含めて6時間くらい

合併症を中心に30分くらい説明、あれだけリスクを並べられるとお先真っ暗で心細くなるが、隠されるよりましだ

手術に質問ありますか?

聞いてみても仕方ないので、ありません、おまかせしますので最善を尽くしてお願いします。 

わかりました。 

これで一つ、吹っ切れた、手術は月曜日の昼から、光るきみ、と大相撲千秋楽は見られる。

女房殿から私が初挑戦して出来たイチゴの写真を送ってきた

無農薬、甘かったそうだ、大小不揃いが愛おしい。

 

 

 


入院 6日目

2024年05月24日 07時28分56秒 | 病気と健康

23日の朝は5時に起きた 今日も天気がいい 5時から 1時間 ピアノと 弦楽器の 三重奏を聞いていた 音楽を聴きながら いろいろ考えていた まずは 家に帰ったら 今回の自分の腸の中と同じ 今度こそ いらないものを全部出して 身軽な生活を していこうと思った 物がなくなれば 部屋のスペースが 広くなり 掃除も楽になり 探し物 も少なくなる

満75歳を持って 生活の 環境 を一転させようと思った

 

朝6時になると 看護師さんが来て 血圧 体温 酸素濃度を調べていく 病室の窓を開けて 光が入ってくる 確か 昨日の夜は 満月のようなのが見えた この部屋の 景色は 東から西まで パノラマで とても気持ちがいい 腸の中が スッキリして 他の 臓器への 圧迫が 減ったせいで 頻尿感も なくなり スムーズな 生理作用に なっている

 

退屈しのぎに 本を 読み始めた 面会の時に 妹に 頼んで 3冊買ってきてもらった ミステリーがいいかと言うから 神経 っぽいのは 嫌だ 大江戸の捕物帳がいい あとは任せる 今朝で 芝 村 涼也 やの 北の御番所 反骨 目録 シリーズ 時代物 を読むのは 鬼平 や 剣客商売 依頼だ

今朝で 16食 連続 食事抜き 打者16人 連続 アウト の気分 完全試合まで あと 11 点滴は 体を維持するけども 空腹感は あると知った

今日は朝から騒がしい 点滴の交換 血圧 血糖値 酸素濃度 体温 などの検査 を 2回 採血 そして 掃除の人たち 次々と 部屋に入ってくる レントゲン検査があるというので 今回は 一人で レント 検査に行った 検査が終わって戻ると すぐに 外科医がやってきて レントゲンの結果は だんだん良くなっている そして 腸内の洗浄が始まった あーいいねいいねと 出てくる 水の状態を見て  手術まで ドレーンは 抜かない方がいいな

その後は 今度は 着替えと 体ふきは来てくれて すぐに 点滴が もう1本増えた そして 昼の薬は 量が増えた いよいよ手術に向かって 準備が始まっているようだ 明日か明後日 家族と一緒に 説明をするので 来てもらうようにということで

同じ階の中に 第1病棟 第2病棟と 別れている 散歩で 隣の病棟へ 行ったら こっちをしてはいけません と言われた 自分の病棟では 廊下が 50m ほど なので まさか 何往復もするのも 変な人と思われて嫌だから もう1日100m の 散歩で終わりそうだ 体重を測りに来た 約 4キロ 痩せていた 食べていないから当然だ

この 日は 人の出入りが やたら多くて夕方になって 少し 疲労感を感じている


「甲越軍記」を現代仕様で書いてみた(107) 長尾家 20

2024年05月23日 19時20分20秒 | 甲越軍記
 越中勢の謀など知らず、長尾為景は長尾勢を率いて越中勢と向かい合った
天文十一年四月十一日、怒涛の勢いの長尾勢に向かって松岡長門は三百騎で矢を打ちかけると長尾勢も打ち返し、矢合戦が終わると互いに鬨を上げて攻め寄せた
もとより松岡勢には勝負を決する目的無く、まもなくしどろに乱れて逃げ出した
 
長尾勢は勝ちに乗じて、松岡勢を負うと入れ替わって江波五郎が四百を率いて長尾勢に攻め寄せた
長尾勢は、これもまたものともせず打ち破れば、江波勢は早くも崩れて後方に逃げ出した、長尾勢はますます勢いを増して、大将の長尾為景も真っ先に馬を走らせて
「者ども、この勢いのままに魚津城も攻め取るぞ、進めや」と喚き馬を走らせる
いったん下がった江波勢は、再び馬首を長尾勢に向けて走らせて激しく攻め立てた、しかしこれもつかの間の抵抗に過ぎず、またもや打ち砕かれて敗走する
長尾勢はますます勢いを増して追いかける
ところが大路を行く長尾勢が突然、馬ごと落とし穴に落ちた、しかも勢いのまま次々と落とし穴にはまり、僅かな間に数千人が命を落とした
残った兵は驚き騒ぎ、我先に逃げ出した、
為景も落とし穴に落ちかけたが、流石の名馬、乗馬の名手であれば数十丈の穴を軽々飛び越えて生き残った兵と共に後方に逃れた
しかし越中勢の第二の謀りが待っていた、逃げ道の左右に伏せ隠した伏兵が逃げてくる長尾勢に一斉に矢を射かけたため、ようやく逃げ延びた兵もまたしてもここで次々と命を落とした
そして一斉に起き上がって長尾兵を取り込めて切りまわると、長尾の死者はその数、知れず。
 
甲越軍記はストックが終わりました
続きは退院後まで、お待ち下さい。

人生初の入院 手術に向けて

2024年05月23日 06時18分24秒 | 病気と健康

22日 久しぶりに 朝日、気持ちが良い 。

4時に起きた 5時に寝てしまった 
午前中 ベッドのまま 運ばれて CT と レントゲン検査 
CT は 女性 技師で ベッドから 検査 ベッドに 移動する時 女性3人では大変だわ 、と言った すると 看護師さんが、 よっちんさんは 自分で 移動できますよ 、技師 さん びっくり
 レントゲンは 二人の男性技師 、寝たままのベッド 移動は さっきと同じで、 レントゲンは 立って するので 立てるか心配 していた でも 看護師さんは 、よっちんさんは 立てますよ、 そしたら 主任技師が 立てるの ?
ええ歩くことも出来ますよ、技師 びっくり
 準備していた サブの技師も また、ええ! 立てるんですか? と一体どれだけの 重病患者 に見えるん だろう?
 部屋に戻ると じきに 外科医と スタッフが やってきて レントゲン 結果を見て、 これなら 来週早々に 手術は できる、 歩いてますか と聞いたから、 1日 7000歩くらい歩いています」と言ったら いいえ 部屋の中ですよ、
あーそうなのか、 こんなのが、ついてちゃあちょっと歩けませんね、 すると 、もう この機械はいいんじゃない もうこれ外して軽くしよう となった 、それでただの袋になった
それから パジャマから 半ズボン パンツに 変えてもらった、 これで なるべく多く歩いてください 、どんどん歩いてください、 と言った ついでに ベッドシーツも 枕カバーも 下着も紙おむつからカミパンツにみんな新しいのに変えてもらった
さあ、これでどんどん歩いて下さいよ、思いがけない医師の言葉
それで点滴と洗浄管の二つを付けたまま、フロアを散歩した
夜、ついに自力で通じがあった、ところが私には、もう一つ慢性的な腸の持病があり、看護師さん二人がかりで治療したがダメで、外科医担当先生がきてくれて、あっという間に直してくれた
名医がいるから手術したほうがいいよ、紹介しますよ、どうですか?
はい、これからは病院と仲良くします、
あはは、病院と仲良くならないほうがいいですけど、悪いところは治したほうが良いですよね
 いよいよ 次の ステップに 移っていきそうだ

「甲越軍記」を現代仕様で書いてみた(106) 長尾家 19

2024年05月22日 20時35分00秒 | 甲越軍記
 松倉の城が陥落して、宇佐美駿河守の軍はここに入って暫しの休憩を取る。
長尾為景は、更に放生津の城を乗っ取ろうと大軍を率いて攻め寄せた
当時、京の都は戦乱に明け暮れていて、公家たちは戦乱を避けるために、それぞれの地方の領地に避難していた。
 
この放生津(ほうしょうづ)の城にも、徳大寺大納言は畠山尚慶の娘の子で畠山尾張守種長の甥であったので、畠山の分国である越中へ一門の公卿と共に乱を避けて来ていたのである。
ところが、その城に長尾為景の大軍が越後から攻め寄せて来た
越後勢は恐ろしい程の鬨の声を高々と上げて、怒涛の如く乱入してきて、おびただしい数の鉄砲を撃ち込んできた。
城内は戦を知らぬ堂上人(公家=貴族)と僅かな国侍ばかりで、とても防ぎきれず途方に暮れていた
為景は城方の手ごたえ無いことを感じて、ますます勇気まして柵を打ち破り、城壁をよじ登る
城方は長刀などで防ごうとすれども、敵の勢いを防ぎきれず越後勢は次々と城内に切り込んできて溢れた
間もなく陣屋に放火すれば、たちまち炎は盛りとなって越後の者どもは煙火の下を自在に暴れまくって城方を討ち取る
城中はうろたえ防ぐ者も無く、公家の女房上臈(奥、側室、女中)らは泣き叫び逃げ惑い、火に入って死ぬ者あれば、生きて雑兵に奪い去られる者もあり、目も当てられぬ始末となった。
ついには徳大寺大納言ら九人の公家は自害して泉下の鬼となる。
 
越中の諸将は放生津の城が囲まれたと聞いて、これを救おうと神保左京進良衛、江波五郎、松岡長門守らが八千騎を率いて揉みに揉んで駆け付けたが、すでに落城と知り、ここで陣を張って越後勢を待ち受けた。
既に勇み立つ長尾勢は、越中の八千騎など物の数ではないと勇気百倍にて攻め寄せる兆しを見せる
 
越中の三将は軍議を開き「いかにも越後勢は勝利に沸き立って、その勢いは恐ろしい、しかも我らに倍する大軍であればなおさら我らが勝利すること得難し
ここは策を講じて待ち受けるのが上策である」
そして一帯の原野に数十丈の落とし穴を数十か所掘って、その上に芝をかぶせて穴を塞ぎ、平地の如くに見せかけた
そして越中の諸軍は落とし穴を前に見て、その後方に陣取って越後勢の来るのを待ち構えている。