ブログ・オブ・タナザキ

空想地図 多奈崎市を作っている人らのブログです

空想地図のZINEをつくりました

2023-04-30 00:35:15 | 日記
一年ぶりの「マニアフェスタ」開催中の折、いかがお過ごしでしょうか。Ranoざんす。

今回もわれわれ多奈崎チーム、出展することになっており、4/30(日)の2日目開催にて出展の予定です。つまりこのあとすぐです。そして今回もひとつ新作があります。

それは……



ZINEです!!!!!!

「空想と地図」と題しまして、多奈崎市に限らず、空想地図全般のよしなしごとを取り扱ったZINEとなっております。

このごろ空想地図を描く人がどんどん増えています。本が出たりTVに出たりメディア露出が増えていく中で、ここ10年ほどで空想地図という趣味がじわじわと広がりを見せている気配を確かに感じています。かなり喜ばしいです。

さて私の興味関心として――これは以前のブログでも少し触れた話ですが――これまでは多奈崎市という街の地図や世界のさまざまな事物をグッズ化する「空想地図マニア」としての活動がメイン(というかそれしか無かった)でしたが、ここのところの界隈の広がりを見て、空想地図をとりまく界隈?を広く知らしめたり盛り上げたりできたら良いな、という思いが少しずつあります。

2019年と2022年に「空想地図学会」というイベントを開きまして、「地図作家」のみならず多くの方々の来場と好評の声をおかげさまでいただいたりして、空想地図にまつわる「場づくり」的なことに片足突っ込んでみるのもいいんじゃないかという心変わりがありました。「空想地図学会」は、地図作家同士や、彼らと空想地図似興味がある広いさまざまな人が交流する文字通り「場」として、そして今回刊行したZINEは、空想地図まつわるさまざまな記事が集積し、蓄積する静的な「場」になってほしいなという願望があります。

ZINE「空想と地図」ですが、表紙に『#1』とあり……年2回ぐらい出す定期刊行物ぐらいにはしたい意気込みでおります。せっかくなので少し紹介します……!

<空想地図入門>
わたくしの(烏滸がましくも)独断と偏見で綴った、これから空想地図を知る人のための3ページに渡る「空想地図」の概説です。多奈崎市の作家として10年間活動した知見(?)と、空想地図作家20人へのアンケートを基に綴っております。これを読めば、空想地図が少なくとも何なのか?はわかる……ハズ。

<インタビュー:田中利直さん(静浜市作者・地理系ブックカフェ『空想地図』店主)>
空想地図を実際に作っている人へ、作り始めたきっかけやこれまでの変遷を伺うシリーズ。第1号の今回は、1985年ごろから手描きで空想地図を描き始めた「ベテラン」作家であり、2022年からオープンした「地理系ブックカフェ『空想地図』」のマスターでもある田中利直さんにお話を伺いました。

<寄稿>地図に浮き出る「経験」を辿って
空想地図xエッセー。空想と現実の地図についての寄稿になります。

<空想地図略年表>
これまでの"空想地図史"(?)をとても簡単におさらい。

以上4コンテンツを収録した『空想と地図』、マニアフェスタVol.7にて発売します。マルシェルでも取り扱いますので、是非に。


Ranoでした。



早朝の新幹線、昼前の商店街

2023-03-24 22:30:00 | 日記
まったくの初対面の人に趣味を聞かれると、空想地図と言うとそもそも空想地図って何ってところから話さないといけないし、しかしそういったアイスブレイク的な場での尺に話すには長過ぎるトピックだしで、まあ知らない町歩くのは好きだからなと脳内で一瞬逡巡した結果だいたい「旅行」と答えています。Ranoです。

大阪に行っていました。

架空地図・架空言語学会というイベントがあり、先日の記事で言及した空想地図学会によく似ているものですが、とにかく趣味のそういうイベントが開催されており、それに参加するための旅行と相成っていた訳です。

土曜日にも関わらず開始は朝の9時という強気な時刻でした。5時前に起床して始発の新幹線に乗り、6時うつらうつらしながら景色が流れていきました。いつも2人がけの席に座るので、西へ向かう際は右側に窓があるのに慣れています。



2時間半は慣れてないと短く、でも慣れてるとひたすら長く感じる尺でした。新大阪でようやっと降りてからは御堂筋線に乗り換えますが、朝8時台に通勤電車を待っている、一見日常っぽいシチュエーションだけどここは東京じゃなくて大阪で、旅行の非日常感と普段の日常感の境界が曖昧になったような心地よい違和感がありました。



和室の2室ぶち抜きで開かれた「学会」は夕方5時までぶっ通しで行われました。テーマも濃ければ主催者も濃いイベントだったので、ある意味これが一番非日常でした。

懇親会を終えるともう夜の8時でした。庄内というところに宿を取っていたのですが、会場のある江坂から真西にあるのに電車で行くと遠回りっぽく、歩いていけなくもない距離だし、知らない街だしで宿まで歩くことにしました。



30%のうまさを主張する埼玉県の餃子店として著名な「ぎょうざの満洲」の、関西地方における拠点を偶然発見してちょっと満足しました。道のりはわかりやすく、暗すぎず明るすぎずで気持ちよく歩けました。春は気候のコンディションが思いっきり散歩向きでいい季節です。



庄内という街は駅のすぐ近くはもちろん駅前らしくお店が集まっているんですが、10分ぐらい歩いた特に駅から近くない場所にもスナックや居酒屋が集積する謎の通りがあります。

こういう界隈は経緯をちゃんと深掘れば納得する場合がほとんどなんですが、あいにく掘れておらずよくわかってません。歩道がなく、路側帯もなく、建物ギリギリまで「道路」な風景はわたしの住む川崎市にも結構ある光景で、特に武蔵新城とかこんな景色だなと思いながら歩いていました。地図作者は街を総花的に見ながら歩くので、よくある視点だと思います。

宿はゲストハウスでした。庄内の駅から10分以上歩くし、地図ぱっと見ただけだと思いっきり住宅街の中にあるの不思議だ……と思ってたのですが、行ってみたら上の写真みたく地図じゃ気づかないステルス商店街の端っこみたいな場所にあり、行ってみないとわからないなと思ったものです。


始発から動いてイベントでどっと疲れていたので、床や寝具や壁紙から圧倒的実家感を感じる部屋の佇まいへの安堵もあり、夜の10時には電気を消して寝ていました。まだ時間があるからと電子機器で情報を手当たりしだいに食べるんじゃなく、このぐらい落ちるように寝入り続けられれば健康になるのかなと思いました。吸い込まれるような入眠でした。

翌朝はチェックアウトの30分前に起き、カラスの行水をこなし、投宿即就寝で拡げすぎていなかったので5分で荷物も纏まりスムースに宿から飛び出しました。

当たり前ですが、日が出ているときに歩くと、夜の間には見えなかったものが次々現れ、昨日歩いたのにまったく新しい場所を歩いてるようにさえ思えます。


大阪周辺の街にある商店街はやたら屋根がついています。東京の5倍は付いてる気がします。梅田やなんばの駅から出る電車に乗っていても、屋根付き商店街のない駅にはしばらく止まることがないと思います。


商店街の通りにアーケード屋根があると、商店街の中に並列にあったいくつかの通りが「屋根がある通り」と「屋根のない通り」の2種類に分化されます。また自ずとその地区で中心的な通りがわかりやすく浮き出てくるようです。個人的に、通りのどこにも屋根がない街と比べると、賑わいの移ろいが激しくなく、激しかったとしても屋根のある通りが中心という構図はやはり簡単に崩れないし、街の軸が地図上でもわかりやすく見えるようになるアイテムだと思います。


屋根の隙間からデカい看板が見えました。「キリンド」だそうです。発音はキリン堂かもしれませんが、とにかく表記は「キリンド」だそうです。衣料品が主体の大きな昭和の商業施設。


ひとしきり歩き回ったので満足して駅に向かいました。

商店街は庶民的な庄内ですが、大阪ではハイソなイメージもある阪急電車の駅です。駅のアナウンスでかならず「みなさま」って呼びかけ、ホームをn番線じゃなくてn号線と称するいい電車です。

次はどこに行くか特に決めずに乗り、結局となりの三国という駅で降りました。



駅前はすごくこざっぱりしています。



この写真を見て思い出したのですが、庄内にせよ三国にせよ飛行機が上空スレスレをすごくひっきりなしに飛んでいて、伊丹空港が近いからなんですが、しかしこういうのって地図見たりストリートビュー見てるだけだと気づかない情報だなというか、いくら予習しても実地に行って五感を使うとあまり気を回してなかった情報や新しい情報がいろいろな方面から次々と飛び込んでくる、そんな偶然が楽しかったりします。



で、壁みたいな駅で裏にはデカマンションがあったりする一見こざっぱりした三国ですが、


アーケード商店街はちゃんとあります。そこにいてはります。

庄内で済ませようと思ってたけど店が決められず、うーんと思ってる間にいや別の町で決着つけるかと思って先延ばしにしていた朝食を、この商店街でいただくことにしました。モーニングが美味しそうな広めの喫茶店を発見しました。

名古屋が有名ですが、大阪もモーニング文化ありますよね。


600円也。お支払いして店を出たら呼び止められてビックリ、席にiPhoneを忘れていました。25歳だとまだそこの"お兄ちゃん"!って呼ばれるんですね。何歳までなんですかね。

アーケード商店街って上も横も塞がれてて「閉じた」空間なんですが、そこに屋根の無い道が刺さると外の世界の景色が広がる窓みたいで面白いと思ってます。


大都市圏って当たり前なんですけど街が沢山あって、東京圏なら住んでるので気が向いたら出かけて回れば良いんですが、京阪神はそうはいかず、そこらじゅうのあらゆる街が気になる体質だと一体全体マジで時間が足りないと狂いそうになることこの上ないです。

地図で街を作るようになってから、その見本たる現実世界の都市にますます興味が湧くようになりました。街をめぐるだけの人生もう一回分ほしい25歳です。

本当は旅行の記録を家に帰るまで全部綴ろうと思ったのですが(編を分けると続きを書かないことに定評もある)、ことのほか記事も執筆時間も長引きそうなのでここらへんでわけます。

お知らせ。

4月29・30の両日に幕張メッセで開催される「マニアフェスタVol.7」に
『空想地図マニア』として4/30(日)の1日出展します。

これまでは↓のような「多奈崎市」関連作品をたくさん出していましたが、

今回はそれに限らないものを作る予定です。意気込んでます。
時間ないです。がんばります。

連休最初の思い出にぜひ。

らのでした

結局のところ何をやりたいか|多奈崎のこれまで(後編)

2023-01-05 18:32:55 | 日記
の続きです。(ざっくりいうと、地図の整合性やリアリティを求めて描き直しをしようとしていたら思いのほか話が大きくなり、いつの間にかテセウスの船になりそうになり、地図を描き直す("再測量"の)モチベーションが消えた、というお話でした。)

2022年の活動を改めて振り返る
ここで一旦、昨年の空想地図に関する活動について(若干そうじゃないものも含めますが)振り返ってみます

4月……「マニアフェスタ Vol.6」(@幕張)出展
10月……「あいそめ市」(@根津)に出展
同月……「再測量」ちょっとずつやる(2021年のつづき)
12月……「空想地図学会2022」開催
随時……地方都市を舞台にした小説を読む

2022年は個人的な事情として転職活動を行っていたことなどがあり、筆の進みはもはや例年と同様にきわめて遅くありましたが、一方で少しずつ多奈崎市の地図に手を入れるモチベーションが頭をもたげてきたり、それ以外にも空想地図にまつわる活動をいくつか行ったりしていました。

空想地図活動でやりたいのは「"多奈崎"という物語をつくる」こと?

前述の振り返りで記載しましたが、2022年は地方都市を舞台とした小説を(あまり多くはありませんが)いくつか読みました。山内マリコ(富山出身で地元やそれ以外の地方都市を舞台とした作品が多い)や辻村深月といった作者による現代日本の東京以外を舞台とした作品を読み、まちや都市と物語の関係性についてすごくざっくり考えたり、自分でも「まち」がキーになる物語を綴りて〜〜〜〜と思うなどしました。

ここで突然ですがChakuwikiというサイトを御存知でしょうか。「ご当地の噂」という、「ご当地のイメージを噂から明らかにするプロジェクト」がメインコンテンツのひとつにあるwikiのサイトで、日本のさまざまな地域の「噂」が箇条書きで纏められています。
わたしはかねてよりこのサイトを結構好きで閲覧していたのですが、つまるところこういったサイトは、人々の"まち"に対する認知の集積体であり、そこで暮らしたり訪れたりした一人ひとりの「物語」の集積があり、その集積が街の「噂」や「文化」といった大きなひとつの物語を作りだしたり作り出さなかったりしているわけです。

2022年はそういった意味で「街」と「人」の関係性について思いを馳せつつ、「多奈崎」という街がここに暮らす「人」にどのように作用するか、作用した結果その「人」が「街」にどのような物語を残していくかを考えたいというところに至るなどしました。つまり空想地図という活動を通してわたしがやりたいのは「多奈崎」という街が生み出す「物語」を考えたり発信したりすることであるということです。こうした考え、つまり架空の「街」が生み出す物語を作り上げる、という観点は、これまで言語化したり深く考えたりしていなかっただけで、多奈崎を作り始めたころからあったものであるとは思います。しかし2022年は従前以上にそれを強く意識した年であったことは確かで、同時に「多奈崎市」の作品を作る上でそうした「物語性」を創作の軸に意識的に据えたのはこれが初めてであると自覚しています。

かつて2020年に試行錯誤したドラスティックな再測量は、あくまで多奈崎市の地図のすがたを(日本における)現実に即した形にする、というところを深く重視したものでした。即ち、日本各地の地理や都市に関する知識・知見を限りなく高い解像度で「再現」するという試みであり、現代日本風の都市空間を舞台とした空想地図作者の多くが志向するところと同じ方向を向いていました。それから2年が経ち、むしろ「多奈崎市」という個性ある物語を創作する、という方向性にシフトした結果、「再測量」を実施するにしてもその方向性は「リアル」一辺倒であった従前とは異なり、物語を持ったひとつの「まち」を作り上げる上で違和感のない舞台に「多奈崎市」を成形するという方向性に、若干ではありますが変化が生じることとなりました。

なんだか自分で文字にしてもわかるようなわからないような感じですが、上記のような志向のシフトチェンジにより、テセウスの船的にほぼ全部入れ替わってしまう再測量よりも、これまでの多奈崎のすがたを大きく変えないような、細部のディティールを納得行く形に直す「再測量」を少しずつ2022年は実施しするというところに至った、というのが今年の多奈崎の地図に関する活動でした。

その他の活動――「空想地図学会」のオフライン開催

多奈崎市に関する一年は上述のように過ごした一方、さまざまな空想地図作者の交流の場である「空想地図学会」を12月に開催するなどしました。



※プロジェクターを直視してしまったのでものすごく青い写真になってしまいましたが、雰囲気は伝わると幸いで……

「空想地図学会」とはなんぞやということで、ざっくり言うと空想地図の作者が一同に介して各自の制作物を発表したり、その話を聞きに行けたり、交流したりできますよ〜という場です。「学会」と銘打っていますが広くゆるく参加してどうぞというスタンスで、新型ウイルスが流行る前の2019年に第一回を開催、2回めを翌年似開催しようと思ったら思いっきり流行期に被り中止になり、それ以降一度も開催できずにいたもので、感染が少し落ち着いたタイミングを見計らっての満を持しての開催でした。

2019年に実施した際はお陰さまで盛況でしたが、今回も多くの方の参加を賜ることができました(ありがとうございます👏)。前回から3年経過しており、当時は作品を作ってなかった新たな作者が登場したり、初回から来ていた人もパワーアップした作品や発表をしてくれたりと盛り上がりまして、普段のSNSをはじめとするオンラインでの交流とは一味違った空間を提供できていたのであれば幸いに存じています。感想はtwitterで「#空想地図学会2022」と検索ください。

自分の作品を作り上げるのも一つですが、空想地図を作る人は年々増えており、また空想地図という趣味はまだまだ知らない人も多くおります。そうした"空想地図界"の盛り上げにもまた、少しでも一役買えたら嬉しいなど考える今日このごろであります……



多奈崎のこれまで(中編)

2022-11-30 17:29:40 | 日記
一ヶ月ぶりにこんにちは。前回のつづきっちゃつづきなので、お暇な方はCheck it nowです。



中学〜高校時代に少し作り込んだものを大学に入ってから手直しかけていたら、いよいよ実地での販売の機会に恵まれた多奈崎市の地図。実際に売り場に並べてみると初回は思いのほか好評を頂き、決して少なくない数の方の目に触れるところとなりました。「多奈崎市」の名前は徐々に広がり始め、より広範囲にクオリティの高い地図の作成の機運が高まります。

またこれも前回少し触れましたが、金銭的および時間的余裕の増大に伴って実際のまちを見る時間、実地のインプットも増加していました。「実在しないけどどこかにありそうな都市」を作る上でこの実例の蓄積というのは非常に重要であり、かつ自分自身の知見のアップデートは自身の作品に対する目も徐々に厳しくさせていきます。

地図の「再測量」へ

中学高校時代にベースを作り上げた地図の再検討、描き直しが喫緊の課題となりました。すなわち、当時の自分の経験では違和感がなかった箇所も、今にしてみれば整合性が取れていないとか、都市規模や地形、その他諸環境を鑑みるときわめて不自然であるとか、そういう地図の「アラ」が前に増して顕在化しており、作成を進める上で解消するべき→「描き直し」が直近必要であるという認識にありました。

そんな中で2020年初頭、新型コロナウイルスの爆発的蔓延が生じました。対面のイベントは勿論中止、外出も不要不急なものは控えよとのお達しは、地図の対面販売や実際の街への訪問が難しくなりましたが、同時に書籍や論文といった紙媒体からのインプットに注力するにはいい機会(というか、せざるを得ない)ものになりました。日本全国の県庁所在地について現在の姿となった成因を主に都市計画的見地から探る「県都物語」(西村幸夫 著・有斐閣)や、日本各地の城下町の構成原理を丁寧に図と解説で解き明かした「図説 城下町都市」(佐藤滋・城下町都市研究体 著・鹿島出版会)など、地方の県庁所在地である多奈崎の検証に役立ちそうな書籍をいくつか買い漁り、インプットに務める期間が暫くつづきました。

"第一人者"である地理人氏は例えばこういった試みを行っていたりもしますが、一つの街を作り続ける系の空想地図作者はインプットとアウトプットの繰り返しの中で、こうした「再測量」とも称される描き直しをしたくなったり実際にしてみたりするものです(少なくともわたしの観測範囲においては)。かくいう私も知り合いの有識者を交えた多奈崎の再考証を何度か試したり、そうした再考証と紙媒体のインプットを経た新たな「多奈崎市」の姿を描写しようと試みましたが、実はそちらの方は遅々として筆が進みませんでした。

それ多奈崎じゃなくてもよくないですか


↑大幅に再構成した多奈崎市の図案……河川や城の位置関係を大きく再構成している

上記に示したのは実際に試みた多奈崎市の「再測量」の図案になりますが、結論から言うとこの描き直しは行われませんでした。

「現実にありそうな」地方都市の姿を描き表す、という目的において、実際の土地の事例や有識者の知見を纏め上げ描き直しが試みられましたが、ーーー当時はあまり意識していなかったと思いますがーーーこの大幅な改描とも言える作り直しが全く進まなかったことのひとつに、作品としての「多奈崎市」の同一性が揺らぎかけていたという点があるように思えます。つまり、中心市街地の姿やまちの形を原型を留めないほど大きく変化させたこの地図は、わたしが中学の時分からつくり続けていた「多奈崎市」であるのかどうか、ということであり、ここまでの破壊的とも言える作り直しを経てできたものは「多奈崎市」という作品ではなくても良いのではないか、という問いが私の中でうっすら生じていたのだと思います。

つまり、これまで作成したまちの形をそこまで大きく作り変えることに対して進まない気持ちがありました。これは実際的な問題として、既に「多奈崎」のグッズとして既存の地図を前提としたモノ(フロアガイドや商店街の地図)を作ってしまっており、そうした成果物が改描により無効になることに対する抵抗感もあったと思いますが、それ以上に「多奈崎」としての同一性、何を以て同じ「多奈崎」とするかというところになり、これは即ち空想地図という活動を通じて何をしたいのかに拘ってくるのかとも思っています。

そんな、空想地図を通じて何をしたいのか、という点は徐々にここ最近ようやく見えてきつつあるところでもあり、また微細ながら作品の作成が最近再開しているのですが、止まっていた筆を再び動かした要因にも繋がるところですので、続きに書き記したいと思います。

==========

ということで新グッズの紹介をば……

多奈崎市で一時展開していたキャッチコピー「タビタビ タナザキ」が印刷されたポリ袋です。実用性のある空想地図グッズ…!


以上、Ranoでした😌


お久しぶりです 多奈崎のこれまで(前編)

2022-10-31 21:36:44 | 日記
お久しぶりです。

筆不精が過ぎて最後の更新から2年が経過してしまっていました。2年まえ、最後の記事は2020年に書いたものですが、これを書いた頃はまだ大学卒業前で、そして今はもう社会人2年目になっており、流れる季節の真ん中でふと日の長さを思い出すものです。

最近twitterすらもまともに動かせてない中で、多奈崎ってもう終わったのかなと思われても(あるいは忘れられてすらいても)不思議ではないなと思うものですが、実は大学を卒業してからちょっと動きがありまして。



こちらは2019年に公開した多奈崎市全図です。
 
続いて、多奈崎市の最新地図データがこちら。



まあよく見ないとわからない違いのような気もしますが、つまるところこれまでで一番大規模な「描き直し」に着手しております。例えば川の流れが結構変わってたり、城の場所がちょっと移動してたりします。

そもそも空想地図を「描き直す」って何ぞやという話ですが、(ほら絵画って普通徐々に描いて描いて一枚完成、また別の絵じゃないですか、いやわたしは絵画を描いたことがないのでよくわかりませんが…)地図を描き終えてからまじまじと見返してみると、地図の形にはなっているんだがなんか釈然としない、なんか違和感しかない、歴史的にこれ整合性取れてなくない?こういう街ってできあがる?或いはなんか言語化できないけど納得行かない、といった"違和感"が積もり積もることがあります。

空想地図作家には細かく分けるとまあ実は様々なタイプがおり、ひとつの町や地域を描き続ける人もいれば、ある地域の一枚の地図を描き終えたら全く別の地域の地図に着手する、みたいな人もいて、かくいう私は今のところ「多奈崎市」をひたすら描き続けている前者のタイプな訳ですが、そういう人は特にこの「描き直し」を行う傾向にあります。なんせ一つの地域に数年〜十数年という年月をかけて創作しつづけているわけで、地図を描いた当時よりも知見や経験が溜まってから見返してみるとうーむ、となるタイミングがあり、さらにその溜まったインプットがアウトプットに落とし込めるぐらいまで腹落ちしてくると、"再測量"(地図の当初の"測量"が間違っていたという解釈)と銘打った描き直しをすることが結構あります。

多奈崎市の話ばかりですが(まあ多奈崎のブログなんでね😉)、市街地を中心としたこの詳細都市地図の創作の歴史を少し話させてもらうと、まず、今の多奈崎市の詳細な地図をパソコンで描き始めたのは2013年5月に遡ります。(それより前に広域な地図をちゃっちゃと描いていたりはするのですが、長くなるので今回は割愛)1ヶ月ほど、6月ごろにはこんな地図になっていました。中学3年の春から夏にかけてのことです。



この頃はフリーソフトで描いていて、また文字や記号類も途中で一掃するタイミングがあったので、今とはかなりデザインのトンマナが違ってますが、城下町から発展した地方の県庁所在地というコンセプトや、川が街を囲むように流れ込んでいる点は今日まで継承されています。



1年ほど経ってから。配色やデザインなど改めつつも、地図の中身は大きく変わっておらず。

この1ヶ月後、作業していたPCが突然お釈迦になり、泣く泣くPDFから気合でデータの復元が試みられましたが、それもかなり大変な作業で結局復元は放棄していました。2015〜17年にかけては実はほとんど地図なんか描いておらず、高校生活を人並みにしたり受験勉強したり大学入ってたりしました。

そして突然訪れる転機。大学入学後に賜った新しいPCとAdobeのIllustrator、これを使って地図の復元が試みられまして。



ある程度の規模までは作り上げた多奈崎を放棄するのはあまりに勿体なかったのか、せっかくならもう少し規模を広げて人様に開陳しておきたいような気持ちで復元したのでしょうか、今となっては実はあまり覚えていません。

とはいえ基本的には以前描いたものの復元+それより外側の拡張を当初は念頭に描き進めていたわけですが、翌年・2019年に「空想地図をマニアフェスタに出してみては」と、既に先行してブースを出していたパイオニアである地理人先生(あえてこの敬称をつけますが)にありがたいお話をいただき、大判の紙に印刷してお客さんに恐れ多くも己の作品を売るという体験をするに至ることになります。

併せて、大学に入ってからは時間と金銭的な余裕が高校時代と比べて増え、すなわち自由が増え、創作の参考となる「地方都市」を実際に己の目で見てみようと全国の主要都市を手当たり次第に回り始めたのもこの頃です。街に関するインプットの量が高校時代までと比べて数倍多く流入するようになり、また作り始めて5年そこらで当初より知見も若干たまりつつあり、入稿前に少し整えておこうということで目立たない部分ですが道路を修正したりしました。



2019年の印刷した際はこんな感じ。もうかなり今の地図です。どちらかというとフォントを実物と揃えたり、文字や記号や配色の類を実際の地図に近づけたりビジュアルをちゃんと「地図」らしくするという段階でした。

……と、ちょっとここ数ヶ月取り組んでいる描き直しのことを書こうと書き始めたのですが、その前段に当たる部分でかなりの文字数を割いてしまいました。前編後編にするとだいたい後編を書かないので書き上げておきたいのですが、しかしこのへんで一区切りさせておきます。また長くなるような気がする。

・・・

2013年の描き始め〜2019年の最初の販売までの6年をすごく簡単に綴りましたが、そしてここから先ちょっと脈絡がないですが、2022年4月から展開している新たな多奈崎グッズの紹介です。

「空想旅行帰りセット4」
"多奈崎からの旅行帰りに持って帰ってしまいがちな小物類"…と銘打って、マップや番組表など展開してきましたが、第4弾は「まちづくりシンポジウムのフライヤー」「喫茶店のコースター」「個展の案内DM」3点セット。いよいよこの人はどういう旅行をしてきたのでしょうか。そしてコースターはちゃんとコースターとして使えます(伝わって)。

4弾目にして初の「実用性ある空想グッズ」が登場しました。

この機会に是非どうぞ。

Ranoでした