昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

原木  【 ふたりだけのイヴ 】 天国編

2024-04-25 08:00:25 | 物語り

Silent night holly night.
 All is calm all is bright.
 Round yon vergin mother and child. 
 Holy in fant so ten-der and mild.
 Sleep in heavenly piece.
 Sleep in heavenly piece.
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━

ろうそくの火を三本灯してある部屋。
みかん箱の上に、テーブルの上に、そして窓辺に置く。

薄明るい四畳半に、僕と君がいる。

クリスマスイブの今宵、ぼくの気まぐれだけで、この部屋に君を招き入れた。
風邪をひいたという君は、コタツ一つない寒いこの部屋で、
オーバーに身を包んで震えている。
僕のたった一つのレインコートをその上にかけようとすると、
”あなたが寒いから”と、僕の背にかけてくれる。
あぁ、ありがとう。これ程の幸せを誰が知る?
君のかわいらしい手のぬくもりが、僕の背に伝わる。
そして電気のように、僕の心臓を高ぶらす。

“Merry X’mas,&,Holy night!”

君の鈴のようなその声は、まるで天使だった。
いつだったか、その声を聞いた。


人生に対する夢が消えたあの日、冬の荒々しい日本海に向かって、
とめどもない涙を流し我が身を憂えた。
涙さえすぐに凍りつきそうな冷たい風。
一点の希望さえ生まれない冬の海を見つめながら、“死”という観念に囚われていた。

沖に夜光虫の青白い光を見つけた時、僕の心の不安・おののきは消えた。
と同時に、言いようのない暖かいぬくもりがよみがえった。
思わず、その冬の海に飛び込み、夜光虫の光をこの手の平にのせたいと思った。
そこには、“死”という観念ではなく“生”という真実があった。

“冷えるね” 
“そうね”
唯これだけの会話。
二人の思いは、十分にお互いに通じる。
一つのショートケーキにナイフを入れ、大きい一切れを彼女に。
そして残りを、僕の皿に。
”さあ、メリー・クリスマス! ”
”メリー・クリスマス!”


足元に布団を掛けて暖を取る。
君の冷たい足に、僕の足をそっと添えた。
耳まで真っ赤にして、君はうつむいた。

「ありがとう…」
小さな、ホントに小さな、消え入るような声が耳に入る。
「ごめんな、プレゼントを買えなくて」
「いいの、何もいらないから」

僕が、君の肩に手をまわす。
君が、僕の肩に顔をのせる。
フローラルな香が、僕の鼻をくすぐる。

「好きだよ、アコが」
「もっと、好き…」
そっと、君に口づけした。

僕たちのイブの全てが終わった。
薄明るいろうそくの三本の火は赤々としている。
外には、この四畳半の部屋のろうそくの火を見つめている、青白い月の光。
その光にも増す明るさに目をとられているかの如くに。

今夜のろうそくの火は消えても、
僕たち二人の胸につく火は永遠に燃える続けるだろう。



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