あべっちの思いをこめた雑記帳

「渡良瀬」と佐伯一麦さん

 佐伯さんというお宅が今度越してきた。同じ町内で、しかも同じ2班なのですぐ顔なじみになる。
 長女が小学一年生で夏休みを利用して家探しをし、二学期からこの古河に住んだとのこと。その下に4歳の女の子と2歳の男の子。つまり家族は5人らしい。
 
 東京から電車で住むところを探しまわり、利根川の鉄橋を渡りきった瞬間、車内からこの町が良さそうだなと直感で彼は思ったようだ。
 そういうこともだが、その町が古河市ということも、茨城県に属するということも彼は家を決めたときの契約書欄で細かく知ったという。私はそういういきさつを5年ほど前、正確にいえば平成31年の3月に知ったばかりである。

 その佐伯さん宅とわが家は、越してきてから数年間行き来があった。というのも、次男がその2歳の子とほぼ同じ年齢だったので、幼稚園も同じことからか、だいぶ親しくなれた。それでいながら佐伯さんのプライベートのことは深くは立ち入らないでいた。

 それは昭和63年の夏から5年間のことである。越してこられた1年後の秋は一緒に千代田の栗ひろいに行ったり、近所で遊んだり、それは家族ぐるみの交際であった。けれどもご主人とは数年間でほんの数回顔を合わせただけである。私もそれ以上は深く問いただすことはしなかった。
 強いていえば一度だけ町内の新年会でご一緒したことがある。酒の好きな彼はカラオケで「北酒場」を歌っていた。私は何を歌ったかは忘れてしまったが。
 そのときもおたがいに深く突っ込んだプライベート的な話はしなかった。それが佐伯氏とたくさん言葉を交わした最初のことであり、最後でもあった。
 その間4~5年の家族ごとの交際でも、その佐伯さん本人だけはいつも不在であった。そのことを奥さんに尋ねると「いつも行方不明」と笑って返ってくる。

 そしてある日突然「引っ越しします」と聞いたときにはもうそのすべてが佐伯家ではかたまっていた。彼の実家のある仙台の方へとだけ聞いた。そして5人は何事もなかったかのように越して行った。

 それから31年の月日が流れたんだなと今思っている。彼らが越してからすぐとか、1年後とかにいろいろなことがわかってきた。
 奥さんは銀座のとある高級店で学生時代にバイトをしていたらしい。ご主人は作家で、平成3年に「ア▪ルース▪ボーイ」で第4回三島由紀夫賞を受賞し、その後も数々の賞を取っている。そしてお二人が離婚し、お子さん3人は奥さんが引き取ったとか。

 近所に住んでおられたときには何一つプライベートの件は話すじまいだったが、ご主人は近所の工業団地に勤めるかたわら、明け方に小説を書いているということはずっと後から知った。
 今読んでいる「渡良瀬」は、私の町のこの近所のことや、彼の勤めた電気工事店のことをテーマにした本である。
 31年も前のことを振り返りながら読んでいる。

              「つれづれ(139)小説渡良瀬と佐伯一麦さん」

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