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「戦場心理ノ研究 総論」-その4 「第四章 後方兵站部隊ノ心理」

 兵站は、前線で戦っている部隊の後方を任務するのであるが、主なものは食糧、武器、弾薬、人員などの補給と将兵のための設備の設立・維持、本国との連絡を担当するなどの役割を持っている。

 
 しかし早尾はこの兵站が一番軍紀・風紀が乱れているという。
 
「弾丸ノ下ヲ馳駆シタ将兵ハ気ガ荒イガ弾丸ノ下ヲ潜ルコトノナカツタ者ハ甚ダ温和シイダロウカ。決シテ左様デハナイ。最モ不軍規ナルハ兵站地区デアル。然シ戦場ノアトヲ受ケテ宿舎サヘナク路傍ニ寝タリ馬草ノ中ニ寝タ頃ハ左程不規律ハ目立タナカツタ。然ルニ前線ハ遙カニ百里近クモ遠方ニ行キ灯火管制モ不用ニナツタ頃ニハ慰安所ハ多数ニ出来、酒保ハ増設セラレ飲食店、カフエー、淫売窟ガ軒ヲ並ブル様ニナツタ頃カラハ寒心スベキ事柄ガ頻発スルニ至ツタ。」(43頁)
 
 そして「南京、上海、杭州等代表的ノ都市ニ於ケル将兵ノ状態ニ就テ述ベテ見様ト思フ。」(43頁)として都市の兵站部での将兵の有り様を克明に書いている。
 
 上海はどのようであったのか。
 
「殊ニ上海ハ日本居留民ノミナラズ各国租界ガ隣シテル中ニテノ日本将兵ノ不軍規行為ハ尤モ戒ムベキコトデアル。上海ハ古来犯罪都市デアル。戦禍ノ後ニ租界カラハ悪分子ハ去ツテ新タニ真面目ナル租界ノ成立ヲ望ンデ居ツタ時ニ日本将兵ニヨツテ日本租界ノ空気ハ一朝ニシテ悪ヘト堕落シテ了ツタ。日本居留民ハ日本将兵ノ粗暴ヲ怒リ恰モ猛獣ノ如クニ怖レタ。彼等ノ味方トナリ彼等ノ保護ニアタル憲兵サヘモ彼等ニ向ツテ最大限ノ弾圧ノ言葉ヲ投ゲタ程デアル。即チ上海ハ兵ニヨリ犯罪都市化セラレタト考ヘテモ過言デハナイ。」(44頁)
 
として、日本の将兵により上海は「犯罪都市化」したと指摘している。
 
 では、具体的にどのような犯罪が行われていたのであろうか。
 
 まずは飲酒上の傷害事件である。
 
「犯罪中王座ヲ占ムルモノハ飲酒ノ上ノ傷害デアル。是ハ各地ニ於テ共通デアリ亦休戦状態ノ長クナルト共ニ増加シツヽアツタ。前線デハ徐州攻撃ノ準備トシテ小サイ戦闘ハアツテモ後方部隊ニハ何ノ興奮モ起サズ、彼等ノ享楽気分ニハ変化ヲ与ヘナカツタ。実ニ河向ノ喧嘩ガ是ニヨク適応シタ言葉ト思ハレタ。南京ガ既ニ其通リダカラ其他ノ後方都市、ニ於テハ戦ガアル如キ気分ハナイ。只如何ニシタラ一日ヲ遊ンデ暮セルカト苦労スル位デアツタ。残敵討伐ハ此ノ時ニ善キ刺激トナリ通州、崇明島ノ攻撃モ一時ハ緊張味ヲ与ヘタガ残ル者ニハ更ニ痛痒ヲ感ジナカツタ。酒、女、賭博ハ絶エルコトガナカツタ。是ニ傷害ガ必ズ伴ツタ。傷害罪ノ動機ニハ色々アル。酩酊ニヨル抑制力ノ失ハレタルコトヽ共ニ批評力ノ誤ハ極メテ些細ノ問題カラ殺傷ニ至ルモノデアル。要スルニ酒癖悪シキニ拘ハラズ大酒ナスカラデアル。被害者ハ戦友、支那若クハ日本常人或ハ飲酒店、慰安所ノ女デアル。」(45頁)
 
 次は掠奪である。
 
「掠奪行為ハ其数枚挙ニ暇ガナイガ検挙セラレタル数ニ於テハ割合ニ少イ。是ハ特ニ甚シキ者ヲノミ検査シタ結果ト思フ。物品、金銀、宝石、貨幣等ガアル。支那若クハ日本人家ニ入リテ掠奪セルガ通例デアルガ最モ悪ムベキ行為ハ支那将校ノ戦死体ヨリ掠奪シタコトデアル。金腕輪、時計、指輪、紙幣等デアル。支那人家ニ於テモ指輪、時計、貨幣ヲ奪ヒ或ハ首飾、毛皮、被服等ヲ掠メテ居ル。毛皮、被服ニ至ツテハ戦傷病兵ニテ持タヌ者ハナイト言フテモ宜シイ。故ニ一般ニ何カシラヲ持ツテ居ラヌ将兵ハ無イケレ共高価ノ品物ニナルト自ラ是ヲ売リタクナリ支那貨幣紙幣ハ日本金ニ換ヘタクナル。其ノ交換ニ際シ或ハ金使ノ荒イコト、身分不相応ノ物品(就中写真機)ヲ所持シテル事等カラ足ガツイテ拘引ヲセラレ其ノ検査ニヨリ能ク部隊ノ裏面ヲ窺フコトガ出来タ。一般ニ上海迄来テ交換シタリ豪遊シタリセル者ハ比較的目ニツカヌカラ検挙サレタ例ガ少イ。地方ニ於テハ殆ンド大口ノハ発覚シタ様ニ思ハレル。強奪モ勿論アツタ。普通ハ邦人若クハ支那人ノ所持品デ時計、指輪等デアルガ金銭、商品、被服等モアツタ。余ガ検ベタ例ノ中ニ僅カニ茶ヲ無償ニテ持チ行カントシテ抵抗セシトテ銃殺シタ兵ガアツタ。強奪ノ場合ハ多クハ訴エラルヽニヨリ僅少ノモノデモ検挙セラル場合ガ多イ。」(46-47頁)
 
として、掠奪・強奪は中国人・中国人民家のみで行われたのではなく、日本人・日本人民家でも行われていたこ
とが分かる。
 
 次は詐欺・横領である。
 
「詐欺、横領ハ都市ニテ行ハレタ。即チ商人ガ兵ニヨリテ煙草、ビール等ヲ酒保ヨリ安価ニ買ヒ貰ハントスルコトニ旨ク渡リヲツケテ金銭ヲ受領シ其ノマヽ姿ヲアラハサヌ方法デアル。或ハ某所ヨリ某品ヲ窃取シテ是ヲ買ヒ求メシ如クニ伝票ヲ切リ経理官ヨリ金銭ヲ受領シテ其ノマヽ酒色ニ消費シタ例モアル。如此例ハ公ニナツタノハ勿論数ガ少イ。」(47頁)
 
 次は強姦、路上での女性に対する嫌がらせである。
 
「強姦ハ慰安所ノ開設ノ有無ニ拘ハラズ頻発シタ。輪姦モ相当ニアツタ。慰安所ハ普通三十分間兵ハ二円デアル。是ハ月給ニ対シテ余リニ高過ギル。依ツテ強姦ガ止マナカツタ。然シ支那民衆モ各地ヲ通ジテ下層階級者ガ多イノデ戦禍ノ跡ニ住ミ生活ノ道ガナクナリ自然若キ女ハ節ヲ売ル様ニナリ而モ安価デアルカラ兵ハ此ノ方ヘ走ル傾向ガ多カツタ。故ニ強姦ト思ハレタ例モ能ク調査スレバ和姦デアツタコトガ次第ニ諒解セラルヽ様ニナツタ。即女側ガ一銭デモ受取ツタナラ、女ガ一枚ノアムペラデモ敷イタ形跡ガアレバソレハ強姦デハナイト云フコトニサレタ。然シ支那婦人ハ日本兵ヲ強姦ノ訴ヲナスニアタリ事実無根ノ場合モアル様ダツタ。姦シテ後女ヲ殺シタリ姦シタ後其夫ヲ殺シテ逃走シタ例モアツタ。路上婦人ニ戯ルヽ兵ハ枚挙ニ暇ナキ位ニテ上海ニ於テハ其ノ為メニ日本人ハ勿論、支那、外国人迄迷惑ヲスル。是ハ西洋人間ニハ極メテ稀デ下層社会ヘ入ルトアルガ日本兵士ノ中ニ多ク是ヲ見ルノハ婦人ニ対スル礼儀ヲ教育サレテ居ラヌカラデアル。勿論兵スベテガ其ノ傾向アリトハ言ハヌ。此ノ挙ニ出ヅル者ガ少クナイノデアル。歩行蹣跚(ママ)トシテ通リ掛リノ婦人ニ向ツテ悪戯ヲナスコトハ例ヘ其ノ女ガ何デアロウト兵ノ体面上許スベキコトデナイ。南京ニテ上陸当日一水兵ハ醉後途上一婦人ヲ捕ヘ小路ニ連レ込ミ実行中憲兵ニ捕ヘラレタ。而モ午後三時デアツタ。如此ハ強姦、和姦等ヲ論ズルノ余地ハナイ。軍人タルノ資格ナキ者ノ行為デアル。厳罰セラレタルノヲ満足ニ思フ。南京ニアル支那人傷兵収容所ニ於テ支那看護婦ガ強姦サレ部隊長ニ訴エ出タ。部隊長ハ「皇軍ノ兵ニ強姦サレタラ光栄ニ思ヘ」ト怒鳴ツタトイフ。甚シキ勝利者ノ暴言デアル。」(47-49頁)
 
 ここでに書かれてあるのは、慰安所を設置しても料金が高いため兵は強姦に走ったこと、戦争のため生活手段が亡くなった中国人女性が売春を行っていたことが書かれてある。つまり、中国人売春婦の事を持ち出し、日本人将兵の性、あるいは強姦問題を正当化しようとする主張もあるが、早尾も指摘いる通り戦争により生活手段がなくなってしまったことが重要なのである。ここで触れられている上海、南京、杭州などの中国人女性がなぜ戦禍に巻き込まれたのか、ということが重要なのである。ここの考察を十分に行う必要がある。
 
 また南京での日本兵に強姦された中国人看護婦に対する「皇軍ノ兵ニ強姦サレタラ光栄ニ思ヘ」という部隊長の発言は、日本人の中国人に対する認識・扱いを見事に表している言葉だと思う。
 
 そしてこの兵站において一番軍紀・風紀が乱れていたのは休養に来た将兵であるという。
 
「兵站地区ニ残留スル将兵ヨリハ兵站地区ヘ休養ニ来ル将兵ノ方ガ往来ニテ不軍規ナルコトヲヤル。故ニ第一戦カラ集結シテ来タ部隊ガ一番ダラシナイノデアル。日中泥酔シテ街路ヲ迂路ツク状態ハ実ニ奇観デアツタ。南京攻略ガ終リシ後長キ休養期間ハ其ノ尤モ甚シイ時デ兵士デ将校ニ敬礼ナス者ハ数ヘル程シカナカツタ。其ノ服装ハダラシナク是デヨク勝ツタモノダト考ヘル位ダツタ。本当ニ精神ノ弛緩シ切ツタ時ダツタノデアル。夜ニ入ルト更ニ甚シカツタ。何処ノ飲食店モ兵隊デ満員デ騒然タルモノデアツタ。高等ノ料亭前ニハ将校ヲ待ツ自動車ガ道セマキ迄並ンダ。「ダンスホール」ハ老若ノ士官バカリダツタ。南京ヲ始メトシテ慰安設備ノ出来ル迄ハ何人モ上海上海ト集リ来タノデアルカラ昭和十三年一月二月三月頃迄ノ上海ハ全ク何処モ兵隊デウヅメラレタト言フテヨカツタ。其ノウチ命令ガ出デ上海日本人町ハ七時迄トナリ次デハナルベク日本人町ヘ出入サセナクナツタカラ醜キ光景モ少クナリ徐州攻撃ノ準備ニ入ツタ四月カラハ一層改ツテ来テ日本居留民ガムシロ寂シガル位ニナツタ。是ニヒキカエ高等料亭ニ於ケル将校ノ遊興ニハ変ルコトナク絃歌ノ声ハ夜半ニ及ビ相変ラズ日夜自動車ノ往来ハ頻繁デアル。故ニ何人モ上海、杭州ニ行クト戦争ヲヤツテルトハ考ヘラレナイト驚イテ居ル。」(49-50頁)
 
として、兵站部での軍紀・風紀の乱れを述べている。
 
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