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「戦場心理ノ研究 総論」-その2 「第二(ママ)章 第一線将兵ノ心理」

 1938(昭和13)年5月に書かれたこの報告書だが、依頼内容である「戦場犯罪調査の任務」について具体的に記述されていくのが「第二(ママ)章 第一線将兵ノ心理」以降なので、このブログではそれ以降について触れていきたい。

 
 「第一線」とは、「敵ヲ追ヒツヽ第一戦ニ立チツヽアル将兵」(29頁)のことである。
 
 「第一線」は、敵と直接戦い、勝利者として敵を追う部隊であるため、通常は眼前の敵兵のことしか頭にないが、追撃するのにも体力的限界があるのでどこかで体を休めなければならない。普通は睡眠をとるのであるが掠奪を行うものもいた。
 
「更ニ将兵ヲ誘惑シタモノハ金銀財宝デアツタ。或ル者ハ金時計ヲ集メ、或ル者ハ指輪ヲ集メ或ル者ハ銀貨ヲ集メタ。然シ進軍スベキ者トシテ荷ニナル品ハ持タナカツタ。背嚢ナリポケツトニ入リ得ル程度ノ物デアル。殊ニ支那ノ紙幣、貨幣ガ一番多カツタ。彼等ハ是ヲ以テ如何セウトイフ慾ハナイ。只記念品トシテ持チ帰ロウ位ニ考ヘタニ過ギナイ。彼等ハ是ヲ以テ罪ヲ犯シタトモ考ヘテ居ナイ。捨テヽ逃ゲタノダカラ手ニ入レテモ差支ナイダロウト考ヘテル。故ニ彼等ヲ大切ニシテ持ツテ廻リ是ニヨツテ利ヲ得ントハ考ヘナイ。」(29-30頁)
 
 また、徴発が許されていたことに乗じて「将兵ノ戦地生活ニ必要ナル品ヲ徴発スルコトハ許サレルガ各々ガ人無キヲ幸ニ支那家屋ニ入ツテ金銭、宝石、指輪、時計、毛皮、衣服等ヲ見テ直チニ自己所有物トナスコトハ決シテ徴発トハ言ヘナイ。掠奪若クハ窃盗行為デアル。而モ彼等ハ犯行トハ毫モ考ヘヌ。勝利者ノ持ツ権利ト考ヘルニ過ギナイ。」(30頁)ことを行っていた。
 
 このように第一線の将兵が掠奪に走った原因は何なのか。早尾は次のように述べている。
 
「将兵等ガ何故ニ金銀財宝ニ眩惑サレタダロウカ。是ニハ中支各都市ノ生活ガ欧米生活ノ影響ヲ受ケ上海、蘇州、常熟、鎮江、南京、杭州等富有ノ者多ク住ミ生活振ハ日本ノ田舎生活ニハ見ルコトノ出来ヌ豪奢ナモノデアル。従ツテ見ルモノ触ルヽモノ悉ク彼等ニハ魅力的デアツタ。是ガ知ラズ知ラズ彼等ニ不正ヲナサシメタシ原因トモ考ヘラレル。」(31頁)
 
 また早尾は、第一線特有の犯罪として「放火」を挙げている。なぜ放火するのか。
 
 「只余ガ見タル放火ハ第一戦ニ限ラルヽト言フテモ過言デハナイ。或ハ言ハン、便衣隊ノ巣窟ヲ廃滅センガタメノ放火ナリト。勿論其ノ為メノ放火モ少クナイタ゛ロウ。然シ必要ナキ放火ガ決シテ少クナイ。例ヘバ第一戦部隊ガ或ル所ニ宿営セントスルヤカラ徴発ヲシテ雨露ヲ凌ギ寒ヲ防グダケノ事ハナス。扱テ其処ヲ出発ナス時ハ必ズ其処ニ放火シテ去ルノデアル。是レ或ハ其処ガ敗残兵ノ巣窟トナルヲ怖レテノ放火カモ知レナイ。」(31-32頁)
 
 しかしこのような放火は「然シ是ハ余ノ浅薄ノ考ヘト思フ。必ズ第二戦ノ後続部隊ガアルコトヲ考ヘタナラ左様ニ軽率ニ家ヲ焼キ払フ必要ハナイト思フ。後続部隊ハ此ノ為メニ宿舎ニ甚ダ困難スルノデアル。」(32頁)と早尾は書いている。
 
 また、追撃中は戦闘以外に余裕がないが、、敗残兵討伐の時には余裕ができ、掠奪や銀行の金庫破りをするのが多くいたという。そしてそこで得た中国金銭を日本の金銭に両替し内地に送金する者もいた。
 
「残敵討伐ニ於テハ大分趣ヲ異ニシ戦闘ニ於テハ変リハナイガ余裕ガ相当ニアル。其ノ関係カラ銀行ノ金庫ヲ破壊シテ是ヲ掠奪シ或ハ民家ニ入リテ金銀財宝ヲ私シタル例ハ少クナイ。金庫ヨリ得タル支那貨幣ハ上海ヘ連絡ヲ出ス時ヲ利用シ日本商人ト結託シテ両替ヲナシ其レヲ内地ノ家族ヘ送金セル例モ少クナイ。或ハ両替セル金銭ヲ以テ上海ニテ酒色ニ耽リ或ハ身分不相応ノ物品ヲ購入ヲシテ居ル。追撃息ヲツク暇モナキ戦闘ニハ私欲ヲ肥ヤス者モ少イガ恰モ敗残兵討伐式ノ戦闘ニハ私欲的行為ハ必ズ伴フ。其ノ中ニ前述ノ如キ貨幣ノ取引ヲナ
シ部隊長スラ巨額ノ金ヲ内地ヘ送リシ者ガアル。」(32頁)
 
「兵ヲカノ堕落セシムル罪ハ誰ニアルダロウカ。私ハ将校ニアルト思フ。将校ガ先登ニ立チ機関銃ヲ持チ銀行ヲ襲ヒ金庫ヲ破壊シタ例ハ各所ニテ聞イタ。実ニ怖ルベキ犯罪ト言ハネバナラヌ。」(33頁)
 
 このように、兵を指揮する立場にある将校自らが掠奪行為を何とも思わず行っているのである。
 
 第一線は敵と戦っているので緊張とそれによる疲労が激しい。これによっておこるものを早尾は二点挙げている。
 
 一点目は、勝利による陶酔感と飲酒がおこす暴力である。この陶酔感と飲酒により戦闘時に強いられている緊張がはじけ、爆発するのである。中にはそのようなことを起こさぬ者もいるが、しかし多くは「人ノ顔サへ見レバ功ヲ誇リ飲酒サヘスレバ喧嘩ヲ売リ銃剣ヲ振リ廻シ或ハ軍刀ヲ抜キテ暴レ廻ル兵士、将校ヲ見ル時ハ誠ニ是ガ日本ノ軍人カト思ハレルノデアル。」(35頁)
 
 二点目は錯覚である。例えば友軍への誤爆、友軍による同士討ち、また夜間の追撃中に敵兵がいつのまにか混じっていて、双方とも分からないでしばらく共に行軍していたこともあったという。
 
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