(大西 康之:ジャーナリスト)
自由民主党青年局・女性局主催の総裁選挙公開討論会が9日、東京・永田町の自民党本部で開かれた。これまで総裁選の前には青年局、女性局の党員約400人が永田町に集まって候補者と討論会を開いてきたが、コロナ禍中の今回は全国の支部と永田町をインターネット回線で結んだ自民党結党以来初のオンライン討論会となった。百戦錬磨の石破茂氏、菅義偉氏、岸田文雄氏もオンラインではいささか勝手が違ったらしく、普段は見えない3候補の人柄が垣間見えた。
討論会は午後1時に始まった。自民党本部8階の大ホールは400人を収容するが、三密を避けるため会場に入ったのは十分の一の40人程度。地方党員のほとんどはオンラインを介しての参加となった。
議事進行を担当したのは小林史明青年局長と三原じゅん子女性局長。NTTドコモで働いた経験がありネットに強い小林氏と、元女優で司会慣れした三原氏が小気味よく質問をさばいていく。リアルの討論会で1人3分だった回答時間は1人1分に短縮され、時間が来ると「チーン」とベルが鳴る。それでも話し続ける候補者がいると「はい、どうもありがとうございました!」と三原氏が問答無用で遮る。
尻切れトンボになって苦笑いする岸田氏、遮られることが分かると回答を短くした菅氏、多少遮られても強引に喋り切る石破氏と対応も三者三様だった。
オンライン化と巧みな仕切りで質疑数が3倍に
オンライン化と小林・三原コンビの手際の良さのおかげで、今回の討論会では代表質問4問、自由質問14問の18問に3候補が答えた。4、5問が精一杯だった従来のリアル討論かの3倍を超える質問に答えたことになる。
経済、外交・安保といったど真ん中の議論は前日の共同記者会見でも戦わされ、すでに報道されているので、ここでは3候補の人柄がにじみ出た青年局、女性局らしい質問に絞ってお伝えしよう。
地元では慕われていた「悪者」光秀
一番面白かったのは青年局の学生党員がしたこの質問に対する3候補の答えだった。
——歴史上の人物に例えると、自分は誰に似ていると思いますか?
無難にいなしたのが菅氏。
「学生時代はあんまり勉強しなかったが、歴史物は大好きでよく読んだ。歴史上の人物から学ぶくことはたくさんあるが、自分はどの武将に似ているか、という質問に答えるのは難しい」
強引に自分の土俵に引っ張ったのが岸田氏。
「我慢強く、辛抱強くという意味では徳川家康に共感していた時期もあるが、今は変革の時なので政治家としては池田勇人でありたいと考えている」
池田勇人が「歴史上の人物」かどうかはさておき、自らが会長を務める宏池会の設立者を持ち出した。
会場の度肝を抜いたのは石破氏だ。
「鳴かぬなら殺してしまえ(織田信長)、はまずいと思う。鳴かせてみよう(豊臣秀吉)として、鳴くものか?鳴くまで待とう(徳川家康)と悠長に構えてもいられない。鳴かぬなら逃してしまえと言ったのが(明智)光秀だ。石田三成とともに、歴史上は負けた相手によって徹底的に悪者にされているが、実は二人とも地元では大変に慕われている。歴史を変える役割を果たすのはこうした人たちかな、という気もしている」
新しい光秀像を描こうとしている大河ドラマ『麒麟が来る』にうまく便乗し「本流にはなれないかもしれないが、歴史を変えるのは自分」という自負をのぞかせた。
この質問に対する回答も面白かった。
——日本のどこが好きか。
岸田氏「外務大臣として外から日本を見てきたが、日本はホッとする国。みんなで助け合い、皆が子供、孫の将来まで思いを巡らす国だと思う」
石破氏「保守とはイデオロギーではなく感性。皇室を尊び、家族、祖先を大切にする。ふるさと鳥取を心から愛している」
菅氏「秋田で生まれ高校まで秋田で育った。人間として育てられたのが秋田で、政治家として育てられたのが横浜です。こうした地方こそが日本の魅力だ」
三者三様の夫婦像、親子像
女性局からのこの質問への答えにも3候補の人柄が出た。
——みなさんを支えてこられた奥様についての思いをお聞かせください。
石破氏「素敵な人です。私にとってなくてはならない人です。選挙の時も、なかなか地元に戻れない私の代わりに選挙カーに乗ってくれるのは彼女です。同い年で、齢60を超えたので、そろそろ選挙カーには乗らなくいいのではないか、と言ったら、支持者の方への誠意が足りないと怒られました」
菅氏「38歳で横浜市議選に出た時、子供は6歳、3歳、6カ月。一番苦労をかけたのが家内です」
岸田氏「結婚して32年。国会議員になって27年。なかなか帰れない私の代わりに地元を守ってきてくれました。会える時間は短いが、毎日電話はするようにしています」
——子供に対してはどんな父親だったか。
菅氏「3人の息子にとっては、厳しい父親だったと思います。一つだけ言ってきたのは中学、高校では運動部に入って最後までやれ、ということです。勉強はしなくても部活動で人と人の関係だけはきちんとできる人間になって欲しかった」
岸田氏「私も3人の息子がいて、接触できる時間は少なかったが元気に成人してくれて嬉しいと思っている。(大切なことは)言葉ではなく背中で伝えたいと考えてきました」
石破氏「2人の娘には、泣いている子がいたら、どうしたの?と言える子になってほしいと願ってきました。妻が自宅に選挙のポスターを貼っていて、家に帰った時に、ポスターの人が来た!と言われ、愕然としたこともあります」
この日、3候補が回答した18問のうち、事前に内容が伝えられていたのは代表質問の4問のみ。14問の自由質問への回答はアドリブだった。ここで取り上げた質問は全て自由質問である。「当意即妙」という意味では、石破氏のウィットが際立った。討論会だけで総裁を選ぶなら石破氏の目もありそうだが、やはり政治は数である。ポスト安倍の新政権で「光秀・石破」がどんな役回りを果たすのか。注目したい。