和夫は若い頃につまらない意地を張り人を殺め道を過った。
殺人罪で服役したのが1975年、23歳の時だった。
無期懲役だったが42年の勤めで仮釈を得て娑婆に出た。
65歳になっていた。
和夫は服役中に問題を起こした訳でもないのに懲役が伸び等工のランクや評価が悪く報奨金の額は低かった。
その理由は生まれついての厳つい顔と目つきだった。
理不尽だがそれだけの事で刑務官は和夫を反抗的と捉えたのだ。
だから出所した時の所持金は刑期の割に多くは無かった。
出所に当たって早く社会に適応できるよう配慮はされたが現実の娑婆の姿は想像を絶していた。
和夫の目論見では、住所を得、身支度を整え、携帯電話を買い仕事を探すつもりだった。
しかし、身分証明のできない和夫は部屋を借りる事も携帯電話を買う事も出来なかった。
社会復帰が厳しい事は覚悟していたが出所から一歩も前に進まない事に当惑を通り越して怯えていた。
どこからとも無く正午の時報が聞こえた。
刑務所で規則正しい生活に慣れた身体が昼飯を欲した。
和夫はコンビニのドアを遠くから眺め人の出入りを確認し店に入り菓子パンとパックの牛乳を買った。
公園のベンチで菓子パンを頬張り行く末を思ったが何も浮かんで来なかった。
ベンチを立っても行く所も為すべき事も無かった。
途方に暮れた和夫の視線の向こうに「たばこ」の看板が見えた。
その佇まいは昭和のそれで和夫の記憶を刺激し足は無意識にタバコ屋へ向った。
「ハイライト一つ」と封筒から千円札を取り出しタバコ屋の窓口に差し出した。
店番の婆さんは無表情に釣り銭の580円とたばこを磨り減った木製の台に置いた。
和夫は「ライターも下さい」と言ったつもりだったがそれは掠れて声になっていなかった。
しかし婆さんは事も無げに500円玉を取り100円玉4個とライターを煙草の脇に置いた。
公園のベンチに戻った和夫はハイライトの煙を胸一杯に吸い込んで咽せた。
80円のハイライトが420円でライターは100円のままかと呟き3分刈りの頭を掻いて笑った。
43年前、兄貴が煙草をくわえたら間髪を入れずに火をつけるのが役目だった和夫は常にライターを数個持ち歩いていた。
「チルチルミチル」あの頃の100円ライターがそんな名前だった事を思い出していた。
そうか、青い鳥か。
それは、いないんだよなと呟いて2本目のハイライトに火を着けた。
ネタは読んでいた小説から登用していますので内容については「悪しからず」であります。
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