斉東野人の斉東野語 「コトノハとりっく」

野蛮人(=斉東野人)による珍論奇説(=斉東野語)。コトノハ(言葉)に潜(ひそ)むトリックを覗(のぞ)いてみました。

14 【都民ファースト】

2016年12月04日 | 言葉
 新知事の存在感
 東京都知事選で小池百合子氏が勝利したのは7月末。以来かれこれ5か月、小池知事は存在感を十分過ぎるほど示し続けてきた。1つは豊洲市場への移転問題、もう1つは東京五輪・パラリンピック会場の見直し問題だ。片や「食の安全と安心」、此方(こなた)「巨額建設経費削減」だから、どちらの案件にも成り行きを見守る都民の関心は高い。
 当初本命と見られた役人出身の自民党推薦候補が当選していたら、有能な役人らしく(?)唯々諾々と周囲に協調するばかりで、こうしたことは問題にならなかったはずだ。そうなると有害物質が地中からにじみ出す豊洲市場の危険性は一般には広く知らされず、予定通り開場に至っていたかもしれない。ゾッとする。当初は問題なく開場したとしても、オープン後数年を経てから汚染が明るみに出れば、事態は最悪である。仮移転と再工事の総費用は、さらに嵩(かさ)んでしまうに違いない。それを思えば、事前にストップをかけただけでも評価に値する。
 五輪関連も然り。招致に際した日本側のアッピールポイントは「半径○○キロ圏内の既存競技施設で、どの競技もカバーできる経済性」だったが、現在では「整備費総額2兆円超」「いや3兆円」の数字さえ聞こえて来る。誰かがストップをかけなければならない事態。小池知事の見直しにより、東京五輪3会場の整備費削減は、12月初めの時点で404億円に達した。

 
 チームプレー?
 ある日のテレビニュースで、小池知事との会談を終えた競技団体幹部が、感想を述べる映像が流れた。
「小池知事にはスタンドプレーでなく、チームプレーでと、お願いしたいですね……」
 スポーツ競技では、特に団体競技では「チームプレー」の言葉は金科玉条だろう。しかし東京都と政府、JOC、IOCの4者協議の場で「チームプレー」に徹することは、みずからの主張を抑えることを意味する。小池知事にとれば悩ましい。都知事選で自民党相手に戦って勝利した経緯のせいなのか、政府側からは積極的な発言が聞こえてこない。ここで従順に「チームプレー」に徹しているようでは、お役人出身の自民党推薦候補が知事に就いた場合と変わらない。「スタンドプレー」は印象の悪い言葉だが、こんな時にはあえて「スタンドプレーで孤軍奮闘」が大事だ。

 
 効果的な「都民ファースト」の言葉
 小池知事が常日ごろ口にするのが「都民ファースト」という言葉。思い出すのは革新都知事、美濃部亮吉氏の「都民党」なる語と、空色のシンボルカラーである。小池氏も選挙戦ではグリーンをシンボルカラーにした。立場は正反対に近そうだが、イメージは重なる。
 「都民ファースト」つまり「都民第一」。都民の利益を代表する立場が都知事だから、政策実施にあたっては自民党本部や「都議会のドン」の意向でなく、また競技団体の思惑でもなしに、都民の立場を第一に考える――。五輪開催が国家的プロジェクトであることは間違いないが、建設整備費の面では東京都の負担は大きい。巨額にふくれあがった建設コストを「都民ファースト」の目線で再点検する作業は、当然ながら必要である。
 すでに「都民ファースト」の語は、独り敵陣へ落下傘降下した新知事にとって効果的な武器となった感がある。自民党幹部や「都議会のドン」を黙らせる力があるのだろう。JOC側からは「アスリート・ファースト」なる対抗語が持ち出されたが、言葉としての迫力は落ちる。「レガシー(遺産)と誇れる立派な新施設を」とも競技団体側は主張するが、建設費がそのまま「負の遺産」つまり借金となる「レガシー」では、荷を背負わされる後続世代が可哀想だ。

 「都民ファースト」の難点
 留学経験があるためか小池知事にはカタカナ言葉が多い。当選直後の某メディアとのインタビューでは「利権追究は改革の大きな柱。いわゆるウィッスル・ブローイング、内部告発も含めて情報を届けていただく受け皿作りを進めたい」と答えていた。「ウィッスル・ブローイング=whistl-blowing」(内部告発者の意味)のような、都民の大多数が知らない言葉が飛び出すのも、この人らしいところだ。カタカナ言葉には清新さを印象付ける効果があり、イメージ戦略を大事にすることに通じる。安倍首相の「アベノミクス」もレーガン元米大統領の「レーガノミクス」に倣(なら)ったネーミングだろうが、国民は画期的で新鮮味のある経済戦略の印象を抱いたかもしれない。
 その「都民ファースト」も小池氏のオリジナルではなく、トランプ次期米大統領が口癖にした「アメリカ・ファースト」の二番煎(せん)じ。TPPの一方的離脱や日米同盟の揺らぎなど大統領選用とはいえ日本人には悪印象の残る言葉だ。そもそも「アメリカ・ファースト」もトランプ氏のオリジナルというより、先行したイギリス極右政党「ブリテン・ファースト」からの借りものである。「ブリテン・ファースト」はキリスト教原理主義から出発し、移民排斥・イスラム教徒排斥を訴える反グローバリズム集団(政党)。今年6月、EC離脱反対派の労働党女性議員を射殺した犯人も、犯行時に「ブリテン・ファースト」と叫んだ。「都民ファースト」も元をたどれば、あまり褒(ほ)められた言葉ではない。
 「スピード感をもって」や「ウインウインの関係で」など、ここ最近は政界で使われるカタカナ言葉が増えた。「スピード感をもって」は「迅速に」や「早急に」、また「ウインウインの関係で」は「相互利益の関係で」「互恵関係で」を言い替えたのに過ぎないが、「ウインウインの関係」などと聞くと、何か新しいコトが起きるのかと期待してしまう。言葉のマジックであり、トリックである。一方で「アジェンダ」のように、一政党の盛衰とともに短期間で浮沈したカタカナ言葉もある。

 言葉を超えて実質へ
 ここまでは新知事も孤軍奮闘、よくやってきた。味方となる都議が1人もいない現状を考えれば、高い評価が与えられて然るべきだろう。言葉としての「都民ファースト」の起源はともかく、都政改革と「利権構造の闇」を突くためなら、活用できる言葉はフルに活用した方が良い。新しい都政は、まだ始まったばかりだ。今後どこまで主張を通せるかを見守りたい。言葉を超えた真価の発揮は、これからだ。

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