韓国・徴用工訴訟 新たなリスクが顕在化
元徴用工の関連訴訟で、韓国の裁判所が三菱重工業の債権差し押さえと取り立てを命じた。日本企業に実害が出る初めてのケースになる可能性があるだけでなく、今回の裁判所の決定では、差し押さえの対象が広がる新たなリスクが顕在化した。
●第三者の債権差し押さえ 対象広がり新たなリスクに
今回の裁判所の決定は、2018年、三菱重工業に元女子勤労挺身隊員への賠償を命じた韓国・最高裁の確定判決に基づくものだ。原告側は、これまで三菱重工業に支払いを求め、すでに商標権や特許などの資産を差し押さえている。
しかし、こうした資産を現金化する手続きをめぐっても、裁判所での審理が続いていることから、今回、原告側は「第三者の債権差し押さえ」という新たな手続きを取ったのだ。
原告側弁護団によると、水原(スウォン)地裁・安養(アニャン)支部が差し押さえと取り立てを命じたのは、“三菱重工業側の取引先”の「LSエムトロン」という韓国の農機メーカーの債権。LSエムトロンが、三菱重工業に支払うトラクターエンジンなどの代金の債権約8億5000万ウォン(約8000万円)を差し押さえるという内容だ。
元徴用工の関連訴訟で、第三者企業の債権差し押さえが認められるのは初めてとみられる。これは訴訟の賠償にあてる資産の対象を、被告の日本企業の取引先などまで拡大したことを意味し、そこには韓国企業も含む。「日本企業と取引を行うこと自体がリスクになり得る」と韓国企業を萎縮させ、日本企業はビジネスチャンスを失う可能性もはらむ。
LSエムトロンは、18日付で三菱重工業側に商品代金を支払えない状況になったといい、すでに日本側に実害が生じたようにみえるが、実際はやや複雑な状態になっている。
●LS社「取引をしているのは別会社」手続きに2~3年?
「LSエムトロン」の広報室は19日、「裁判所の決定文の債権者は三菱重工業だが、我々が取引している企業は“三菱重工業エンジンシステム”で、異なる企業だ」とコメントを発表した。同社は、事実関係を確認した上で、裁判所に陳述書を提出するという。
一方、原告側弁護団は「LSエムトロンは裁判所の決定文の送達前には、三菱重工業との取引を認めていた」と主張しているが、陳述書の提出を待つ姿勢を示している。三菱重工業本体との取引がないことが確認された場合、債権差し押さえと取り立て決定は取り消されることになる。
では、LSエムトロンと三菱重工業の取引が認定された場合は、どうなるのか。三菱重工業側は裁判所の決定を不服として「即時抗告」できる。ただ、韓国メディアによれば、抗告しても取り立て命令の効力は維持されるため、原告側はLSエムトロンを相手に取り立て訴訟を起こし、賠償金を受け取れるという。とは言え、実際の手続きには相当な時間がかかるとみられる。LSエムトロンからの取り立てには、裁判所の命令が確定する必要があり、三菱重工業側への決定文の“送達”が必要になるからだ。
大手紙「東亜日報」は、送達の遅延や即時抗告などを考慮すると、実際の支払いには、2~3年かかるとの見通しを伝えている。
●日本側「現金化に至れば大変深刻な状況」“対抗措置”は留保
韓国の裁判所の決定について、加藤官房長官は19日、「関連する司法手続きは明確な国際法違反だ」とした上で、「仮に現金化に至れば日韓関係にとって大変深刻な状況になる」と強調。韓国側に改めて、日本が受け入れ可能な解決策を示すよう求めた。
ただ、日本政府としては現段階では「日本側に実害が生じた」との認識はなく、すぐに韓国側に“対抗措置”を取る構えは示していない。韓国大統領府の関係者は19日、「関連動向を注視している」とした上で、「被害者の権利実現と日韓関係などを考慮しながら、多様で合理的な解決策を見いだすために日本側と緊密に協議中だ」と明らかにした。
文在寅大統領の任期は残り8か月あまりに迫っている。今のところ具体的な解決策は見いだせておらず、司法手続きだけが進む厳しい状況が続いている。
(NNNソウル支局長・原田敦史)
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