〈諸君はブルジョア階級の奸策にだまされてはならない〉
東京メーデー 1924年メーデー (読書メモ)
参照 「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編
「協調会」史料
官憲の事前の取締り
「協調会史料」(上)によると官憲は、メーデー挙行に対し、労働組合側のメーデー準備委員会メンバー9名を警視庁に出頭させ、細かく制限を加えた。官憲は「社会主義者」らのメーデー参加を禁止し、またスローガンの中に「植民地の解放」を加えることを絶対に認めなかった。また、事前に配るメーデー参加を呼び掛ける宣伝ビラの草稿を提出させ検閲し削除や修正を強制した。
1924年東京メーデー事前の宣伝ビラ(全文)
労働者の日メーデー来る
用意せよ勞働者諸君
我らは第五回の労働祭を迎えんとしている。労働祭は労働者の日、無産階級の日である。この日は全世界の無産階級が一斉に資本家の職場から離れ、休業という労働者階級の武器を持って資本家の搾取に対する防衛と階級戦線行進軍の勢揃いをなす日である。全世界の無産階級はこの日を記念して国際的団結を固めつつある。
この五月一日の大示威運動こそ、我ら無産階級の階級意識を強める唯一の日である。我が日本に於ても五月一日という祝祭日には、東京・大阪・神戸・京都・名古屋・岡山・足尾・野田・群馬と全国的に盛んなる大示威運動が行われつつある。年々に増大する目醒めたる無産階級の軍勢は、破竹の勢いをもって集って来る。労働組合のある所必ずメーデーが挙行されている。
暴虐なる資本家の搾取に圧制なる支配階級の専横の下に苦しめらるる我々日本の労働者は最も力強くこの階級戦の進軍をして凱歌をなさしめよ。一人残らず兄弟の自覚の下に強固なる意志と勇気とをもって、この民衆の旗印の前に参加せしめよ。而して資本家階級に向って宣戦を布告し彼等をして無産階級団結の前に戦慄せしめよ。斯くてこそ日本労働者はその支配階級の資本的帝国主義の道具でもなく、血に渇した侵略主義の悪魔でもなく、実に全世界の労働者と同じ悲しみ、同じ喜びを分かち温かい血の通っている同僚であることを、何よりもよく証明立てるものである。
日本無産階級によって行われるこのメーデーが、屈せずたゆまず決行せらるると否とは、我ら無産階級解放のバロメーターである。我が東京方面は昨年の大震災により、過去の努力は一切破滅し今その復興に努めて居る。しかして新しい都市は再び建設され華やかな市街は再び光輝燦爛と復活せんとしている。されど見よ、我ら労働者階級のこの悲惨なる有様を・・。
諸君はブルジョア階級の奸策にだまされてはならない。なお資本家階級は我らの血を搾らんと努力していることを知らねばならぬ。起て我らが兄弟よ、今年も力強きメーデーを施行しようではないか。我らの陣営を守り、我らの戦線に熱あらしめよ。
五月一日は資本家の一日にあらずして、全世界労働者の祝祭日である。何物も抛棄して赤旗の前に集合せよ。
スローガン
一、八時間労働制の確立
一、失業防止の徹底
一、自由労働者の傷害保証
集合地 山王台
解散地 上野公園大師前広場
主催団体
日本労働総同盟関東労働同盟会
機械労働組合聯合會
芝浦労働組合造機船工労働組合
関東同盟会
印刷工聯合会
東京朝鮮労働同盟
機械技工組合
市電扶助会
「聞け万国の労働者(メーデー歌)」
メーデー歌
1922年第三回メーデーから歌われた「メーデー歌」、1924年5月1日第5回メーデーでも午前10時参加した約4000名全員で「メーデー歌」を高らかに合唱し開会した。官憲は会場とデモ中の「革命歌」合唱を禁止してきたが、この「メーデー歌」はデモの最中も全員で繰り返し歌った。
メーデー会場の「弁士中止!」
会場での演説は30団体の弁士38名が熱弁を振るった。その中には、朝鮮労働同盟もある。東部合同労働組合(南葛労働組合)が「昨年9月3日亀戸における我が兄弟の大虐殺」と発言したとたんに、臨監警察官は即座に「弁士中止!」の命令を出し、東部合同労働組合の発言を不当に中止させ、会場の全労働者は憤激した。
会場メーデー宣言と決議
宣言
日本における第五回のメーデーにあたり我らはかく宣言す。
全世界の無産階級解放運動はますます熾烈となり、強固なる組織と訓練とはますます資本主義をして改造の必然的運命に陥らしめつつある。
我ら日本の無産階級もこの国際的団結の共同戦線に立ってより既に幾年月而して、過去四回のメーデーを顧えるに、我々の勢力のいかに增大して行くかを見る事が出きるのである。
我らの目的は資本主義制度の根本的改造と新社会の建設にあるが、其の過程の一訓練としてメーデーには労働者の全部が参加して資本家をして労働者の力を知らしむべく努力しなければならぬ。すなわちメーデーは無産階級解放運動のバロメーターである。
しかるに見よ、このブルジョアの新聞を、この黒煙を、この現実はなお我らの努力の足らざるを示し、その憤起を促すものならざるはない。
反動思想の跋扈せし昨秋の大震災も、ついに無産階級の勢力を阻止する事は出来なかった。この盛んなるメーデーは何をか語る。即ちこれ無産階級威力の表現ではないか。資本家も支配階級も我らがこの威力の前に屈せよ。
以上
決議
第5回メーデーは無産階級解放のために、左の標語を決議し、資本主義制度に向かって無産階級の強固なる階級戦をなす。
一、八時間労働制の確立
一、失業防止の徹底
一、自由労働者の傷害保証
右決議す
1924年5月1日
東京都下労働団体第5回メーデー
決議2 「米国の排日法案」への抗議
メーデー集会は、「米国議会の排日法案は、我ら日本無産階級を甚だしく侮辱する」とこの年の米国議会の日本人移民排外(排日)法案に対する抗議と撤回を求める決議も行った。
デモ
約4千名労働者は、午後1時組合旗111本を掲げ、メーデー歌を高唱しつつ印刷工聯合を先頭に長蛇の陣を作り山を下り、桜田本郷町を抜け日比谷から上野公園に向かった。途中官憲から何度も襲われそのたびに衝突を繰り返し、35名が検束された(前年は193名)。