2021年4月3日法隆寺で始まった聖徳太子1400回忌法要が5日まで行われている。法隆寺住職の古谷正覚管長がメディアの取材に対し、「太子が願ったのは世の中の平和。疫病や争いが絶えない今こそ、太子の和の心を伝えたい」と話したという。メディアはそれをまた自身のコメントも加えずに「そのまま」で記事にしていた。この事はメディアの人材の資質低下を表しているが、メディアは記事対象を主体的に理解判断したうえで掲載してもらいたいものだ。
管長の言う「和の心」とは、「憲法17条」の「和をもって貴しと為し」を意味している事は明らかであるが、管長はこの「憲法17条」の言葉の「一部分だけ」を意図的に利用して都合よく歪曲解釈している。そしてその事により、国民の主権者としての権利とそれに伴う責任を曖昧にし、為政者の恣意的な政治を糾さない結果を生じさせていると言ってもよいだろう。
この「憲法17条」は、「憲法」という名称であるが、「広辞苑」にある、今日における国家存立の基本的条件を定めた根本法としての「憲法」や、国の統治権、根本的な機関、作用の大原則を定めた基礎法で、他の法律や命令をもって変更する事を許さない国の最高法規としての「憲法」とは似て非なるものであり、「当時の朝廷内の豪族たちに対して、守るべき行為の規準を示したもの」とする歴史学の研究成果を尊重すべきであろう。第3条、12条は「君主権を高める」ものであり、第7条、8条、11条、13条、15条などは「豪族たちを官僚化」しようとする意図が強く表れているといわれている。
また、聖徳太子一人によって作られたという定説はないし、津田左右吉による後世偽作説もある。かつての壱万円札に採用された人物が聖徳太子であるという定説もない。むしろ、聖徳太子ではないとされている。さらに近年では、聖徳太子は架空の存在であり捏造された存在であるという研究も発表されている。
このような背景において、四天王寺管長が聖徳太子を実在の人物と決めつけて、「偉大な人物」とみなして「回忌法要」を継続する事は、国民を欺瞞する行為である。さらに重要な事は、現在の「皇室」への尊崇賛美の意識を培養助長する効果を狙うものであると評されても仕方がないであろう。
(2021年4月5日投稿)
※NHKTVは、皇室に関係する誤った情報を軽率に拡散し、国民を洗脳し皇室賛美を扇動する影響を与えるおそれのある、「聖徳太子」を扱った番組を放送すべきではない。受信料と税金の無駄遣いである。
(2023年7月19日)