(記事より一部抜粋です。)
今、若い世代が政治的な言説はもちろん、批判めいた物言いにも距離を置こうとする傾向に由布さんは理解を示している。
「水俣病の話を聞きに来たりする若い人で、戦いとか闘争とかそういうことに共感する人は昔より少ないです。闘うぞみたいな感じじゃなくて『争わずにやりたい』みたいな感覚を持ってる人の方が昔より多いんじゃないかなと思います」
「水俣病の話を聞きに来たりする若い人で、戦いとか闘争とかそういうことに共感する人は昔より少ないです。闘うぞみたいな感じじゃなくて『争わずにやりたい』みたいな感覚を持ってる人の方が昔より多いんじゃないかなと思います」
(感想)
若い世代の感覚に希望を持ちます。
そういえば、今日参拝した
磯部八幡宮には
疱瘡(ほうそう)神社
という「天然痘」を擬人化して悪神とした神を祀るお宮がありました。
疱瘡は伝染病であり、発病すれば個人のみならず周囲にも蔓延する恐れがあるため、単に物を飾るだけでなく、土地の人々が総出で疱瘡神を鎮めて外へ送り出す「疱瘡神送り」と呼ばれる行事も、各地で盛んに行われた。鐘や太鼓や笛を奏でながら村中を練り歩く「疱瘡囃子」「疱瘡踊り」を行う土地も多かった。
また、地方によっては疱瘡神を悪神と見なさず、疱瘡のことを人間の悪い要素を体外に追い出す通過儀礼とし、疱瘡神はそれを助ける神とする信仰もあった。この例として新潟県中頚城郡では、子供が疱瘡にかかると藁や笹でサンバイシというものを作り、発病の1週間後にそれを子供の頭に乗せ、母親が「疱瘡の神さんご苦労さんでした」と唱えながらお湯をかける「ハライ」という風習があった。
昔の沖縄では痘瘡のことをチュラガサ(清ら瘡)といい、痘瘡神のご機嫌をとることに専念した。
(以上Wikipediaより)
昔から日本人は「争わずにやりたい」みたいな感覚を持った人が多いじゃないかな。