輝ちゃんつれづれに 

最近はインスタ・LINE、スレッズを始めました。楽しかったこと、残しておきたいことを自分の言葉で書き込みます。

昭和の生き証人 永六輔さん

2017年03月16日 23時48分26秒 | マツンのおもい

「永六輔 上を向いて歩こう~黒柳徹子が語る“心の友"~」

http://www.bs-asahi.co.jp/documentary/ 

昨年7月、戦後の日本芸能界に多大な功績を残した、作家でありタレントの永六輔が亡くなった。草創期のテレビ界で放送作家として活躍し、作詞家としても「上を向いて歩こう」「遠くへ行きたい」など、戦後を代表するヒット曲を生み、放送作家の枠を越えて作詞家として“昭和の芸能文化"を築き上げた。彼の言葉は、生きるということの尊さや幸せを感じさせた。そしてそれこそが「昭和」という時代を作り上げる大きな要素になった。テレビを創り、ラジオというメディアに可能性を見出し、何より昭和の歌謡史に燦然と輝く作品を生んだ永は、移りゆく時代をどう捉え、何を思い、何を見つめていたのか…。番組は60年来の友人・黒柳徹子をメインに、永と同じ時代を生きた者や、影響を受けた人物に、彼にまつわる証言を取材。時代を彩った名曲をちりばめながら、激動の時代を生き、大衆の心をとらえた男・永六輔の人生を振り返る。

 

昭和を共に生きてきた先輩。粋な人、間違ったことは言わない人、勇気のある人、ロック魂を持った人などと語られてきた。この時代の人は気概・気骨のある人が固まっている。中村八大、野坂昭如、大橋巨泉、小沢昭一、小林亜美、黒柳徹子、五木寛之さんなど。「上を向いて歩こう」は、60年安保で樺美智子さんが亡くなり、闘争への大きな失望、挫折と平和への思いをその日に詩を綴ったという。私の高校1年生の時だ。

   

   

   

いろんな肩書きを持った人だが、芯は一つ。好奇心の塊で、私たちが怪我をしないようわかりやすい時代・道を作ってきてくれた。周りにも恵まれ個性を発揮できたと思う。もう一度ヒット曲を聞いてみたい。でも、一番好きなのは上を向いて歩こうだ。写真で振り返ってみたい。


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おかしな世の中

2017年03月15日 23時51分20秒 | 日記

嘘つき依存症

おかしいと思っているのは俺だけだろうか。

国会審議での麻生財務大臣の顔を見ていると、よりそう思う。

「嘲笑う」。

上から目線。

一方、稲田防衛大臣。

私の記憶にない?

こいうのを嘘つきという。それ以外何者でもない。

嘘つき依存症ってあるんだ、初めて知った。

なんだ!こいつの存在は。

菅野完というジャーナリスト。(ノンフィクション作家)

面白くなってきたぞ。きな臭いぞ!

籠池という男は圧力に屈するか、それとも抵抗するか。

「いい」「悪い」というデジタル信号で処理できない社会か。

いろいろな名前が上がってくるぞ。

トカゲの尻尾切りで自殺者が出なければいいが。

 この寒さは 異常でないという

春先の天気はこんなものか。

それにしても寒すぎる。

こんな寒い中LEO君がやってしまった。

女房の人差し指を噛んだのだ。

7時頃、叩き起こされた。

可愛い顔をしているが、動物。

噛むと歯が食い込んでくる。

血は止まらないし傷跡が心配なので救急病院に。

ゴールデンレトリバーが生後10ヶ月の赤ちゃんを噛んで殺した事件を思い出す。

医者に診てもらってよかった。大したことがなくてよかった。

でも痛々しそうだ。

犬にも噛む理由があるのだろうな。

 


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こころの栄養を

2017年03月14日 23時47分35秒 | マツンのおもい

今日で8回目

久しぶりの三人会。三鷹にシニアデビューして知り合ったお二人。会の名称は勝手に私がつけた。女性は三鷹のブログ村の講師だった方。勉強家でまだ現役の大学生。もう一人はスーパーじいちゃん。御年88、言い方が悪い?先日誕生日を迎え88歳。経験が人間を磨くということを教えてもらった人。まだ経験の中身を全部聞いていないが・・・。秘密!

フランス料理だ

   

うなぎを食べようと計画したがどうも休業しているようで変更。公園、美術館の中にあるフランス料理の「ルジャルダン」に。

https://www.setagaya.co.jp/le_jardin/index.php 

シェフのおすすめランチ ¥2,600

オードブルまたはスープ、魚料理または肉料理、パン、コーヒー

私はゆったりとしたレストランが好きだ。美味しくてもゴミゴミしたところは御免だ。美味しい料理を気のおけない仲間とランチした。最高!幸せ。

五島美術館で

http://www.gotoh-museum.or.jp 

多摩美、上野毛と懐かしい名前と出会う。入館料1,000円。庭園を見る。国分寺崖線の上にあるので、高低差が約35mある。径路は基本的に「崖」で、「健脚コース」であることにご留意くださいと注意書きが。二子玉川が真下に。ビル群で景色がかわいそう。昔は富士館会館がよく使われたがいまはもうない。

   

中国の陶芸展をやっていた。ウム・・・。「日本の名刀」特集展示。

入り口の愛染明王坐像(重要文化財)が気に入った。

https://www.facebook.com/pg/gotohmuseum/photos/?tab=album&album_id=526553757372917 

<お礼のメール>

   

今日はご一緒していただきありがとうございました。

一緒にいるとなぜかほっとします。

やっぱり人生にはこのような時間と空間が必要ですね。

お大げさに言えば心の栄養ではないかと思いました。

また計画します。待っててください。

 


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宮沢賢治は難解だな

2017年03月13日 23時20分11秒 | ことば

100分de名著 宮沢賢治スペシャル 

第2回「永遠の中に刻まれた悲しみ」

http://www.nhk.or.jp/meicho/ 

自らの詩のことを「心象スケッチ」と呼んだ賢治。心象とは、宇宙や無限につながるものであり、人間の心象を描くというのは、個人的なものを越えて普遍的なものをスケッチすることだと賢治はいいたかったのだという。妹トシの死への悲しみを刻印した一篇「永訣の朝」も、単に個人の悲しみだけではなく、人間の「生と死」という絶対的な真実をこそ記そうとしたのである。第2回は、賢治が向き合った「生と死」の問題に迫っていく。

春と修羅 序

http://why.kenji.ne.jp/haruto/100jo.html 

わたくしといふ現象は

假定された有機交流電燈の

ひとつの青い照明です

(あらゆる透明な幽霊の複合体)

風景やみんなといっしょに

せはしくせはしく明滅しながら

いかにもたしかにともりつづける

因果交流電燈の

ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

この番組がなければ宮沢賢治と向き合わないだろう。わかったようでわからない。詩ではなく心象スケッチという。心のありようを言葉で表現する。それは宇宙の真理を探究することにつながるという。そして、自分の心の奥へ奥へと向かっていけば、広い宇宙につながると結ばれているがどうも私には理解できない。でも、悔しいからもう一歩前へ進みたい。


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やったぞカズ!50歳ゴール!

2017年03月12日 23時50分36秒 | ことば

カズ ゴール!

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170312-01791213-nksports-socc 

「カズならば、何が起きても不思議はない」 50歳になった“キング”にセルジオ越後がエール!

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170309-00081336-playboyz-socc 

ストライカーとしてゴールができてよかったと淡々と語るカズ!

新しい道を切り開くカズ!

  

一心不乱にサッカーに打ち込むカズの姿は教科書だ。

もっと活躍してほしい。がんばれカズ!

人生の小休止 同窓会のお知らせ

高校の同窓会の幹事だって

何を今さらと人は言うかもしれない。

都立小金井工業高校の機械科C組で3年間同じクラスで過ごした仲間だ。1946年3月卒業。東京オリンピックの年だ。

43人いた。故人8人、不明8人。担任は原弘先生。話し込んだこともなく思い出はない。私は大学進学を断念し工業高校を選択。石川島播磨、横河電機の企業内学校も考えた。就職率もよく自転車通学もできるので受験した。なぜ機械科を選択したか理由はない。一番前にあったから丸をつけただけ。バンカラの男子校。先輩が大人に見え怖かった。そこらで喧嘩をしていた。

同級生を見てびっくり。田舎モンだ。そして秀才ぞろい。五日市、福生、相模湖・・・。工業高校では有名だったらしい。立川でも遠く感じた俺に。

機械実習を経験。長い、辛い、ものづくりは嫌いな俺。手仕上げのヤスリ作業は手にマメができて大苦戦。部活のラケットも握れない。当時の実習の先生は職人だ。後で聞いたら鉄道のレールだという。削れるはずがない。キサゲ作業も大変だった。平面を真っ平らにする作業。はつり作業も大変だった。基礎の場面から俺は実習から逃げていた。器用なはずなのにうまくいかない。気持ちの問題だな。やる気とも言うか。目的意識がないからだ。でも、今思うと感謝しなくてはいけない。型を徹底する大切さを教えてくれた。

思い出はたくさんある。この学校は3年間同じクラスで、全てクラス対抗だったから仲間意識が高いのかな。当時の高校1年生と3年生は、子どもと大人ぐらいの差があった。(続き)

ダメな自分を発見

今回はA4両面にカラー印刷して26人に郵送した。封筒の宛名書きに苦労した。最近手書きする機会が少ない。言い方がおかしいが頭と手の神経が一致しない。筆順もわからない。小学生の国語ノートを買ってきて筆記の練習をしよう。題材は朝日新聞夕刊の素粒子にしよう。

 


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