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【連載】半導体一筋60年⑬
ラピダス成功のカギを握る資金力
釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)
▲国産のH3ロケットにも半導体が(JAXA)
やっぱり半導体は分からない
半導体についていろいろ述べてきましたが、いまだに「やっぱり半導体は分からない」という声が聞こえます。
そう言われると、私のような技術屋は、つい細かい説明に走って話を益々難しくしてしまう傾向があるかも知れません。考えてみれば、半導体の製造工程とか構造などは一般の人は全く知る必要がないのかも。
しかし、「テレビは分らない」と言う人はいないようです。それは何故なのかと考えてみますと、テレビは毎日のように見るものだし、自分でスイッチを入れ、チャンネル選んだりして、ちゃんと使いこなしているからだと思います。
だけど、テレビの製造工程や構造などは知りません。ましてや画像や音声が出る仕組みも知りません。でも、そんな事知らないからと言って「テレビは分からない」とは誰も言わないのです。
一方、半導体は日常目にすることはありません。それに自分で買う事もありません。まあ、パソコンの自作を趣味にする人は、CPUとかメモリを秋葉原やネットを通して買っていますが、そんな人は極めて少数派です。
半導体はテレビやパソコンを作るための部品だから、半導体メーカーは電子機器メーカーに売っている訳です(間に商社などが入る事が多いと思いますが)。
我々は半導体の事は分からなくても、何の問題も無く日常生活を送ることが出来ます。しかしながら、普通の部品と違うのは、半導体チップの中に多くの機能が詰め込まれており、電子機器の性能を決めてしまう存在だという事です。
そして電子機器とは家電製品だけにとどまらず、自動車、電車、飛行機、通信(スマホなどの端末や基地局)など我々の生活のあらゆるところに使われています。日本では国防とか兵器とか言うのは憚られる雰囲気がありますが、敢えて言わせてもらいますと、先端兵器の優劣は半導体で決まる事が多くなっているのです。だから米中は先端の半導体の開発にしのぎを削っています。
かつて作家で国会議員や東京都知事を務めた石原慎太郎氏が「パトリオット・ミサイルは日本の半導体が無ければ満足に性能を発揮できない」という趣旨の発言をされていました。
が、更に電子化が進んだ今日においては、半導体技術が国防上非常に重要になっている事は容易に想像できると思います。
▲ウクライナにも配備されたパトリオット・ミサイル(CNN)
余談になりますが、昭和51(1976)年にソ連(現ロシア)のミグ25戦闘機が函館に強行着陸し、ベレンコというパイロットが米国に亡命する事件がありました。
機体を調査した結果、ミグ戦闘機の電子機器には真空管が多数使用されていたとか。ソ連の電子技術は相当遅れているなと感じた事を覚えています。
▲▼ソ連のミグ25戦闘機が函館に強行着陸
「カネ食い虫」の半導体
日本政府は今回のTSMC誘致やラピダスの立ち上げに兆円単位の補助金を出しています。これに対して批判する記事をネット上で見かけました。
私が現役の時も半導体の投資額については、社内の他事業部の批判の目に晒されてきました。桁違いに額が多いのでそれに疑問を感じるのは無理もない事かも知れません。
余談ついでに言うと、こんな事もありました。私が現役の時、手狭になった北伊丹の工場からパワーデバイスのラインを福岡の工場に移転した時の事です。
福岡の工場は炭坑関係の電気機械を作っていましたが、永年生産が低迷しており工場の将来を考えた末、新たに半導体製造ラインを受け入れる事にしたのでした。
半導体製造ラインを構築するため、既存の工場のスレート葺きの建屋を重機でバリバリと壊すのを見て、福岡工場の人が言ったものです。
「半導体のやることは違うなあ。建屋の中にラインを造ればいいのに、壊すなんて」
それを聞いて、私は心の中でつぶやきました。
(あのねえー、スーパークリーンルームをあんな薄汚いスレート葺きの建物の中に作れる訳がないでしょ)
ラピダスの課題は?
今回の連載で、一般の方が知る必要もない「製造工程」について敢えて説明したのは、投資額の巨大さを少しでも感じてもらおうとの思いからでした。1台200億円もするEUV露光装置は極端な例で、象徴的なものとして挙げたのですが…。
▲政府のラピダスへの追加支援を報じる日テレNEWS
過去において日本が先端半導体の開発競争から降りたのは、投資を続ける資金が枯渇したからだと私は思っています。これから巻き返そうとしている時に早くも投資額に疑問の声が上がったのを見て、少し心配になりました。
もちろん税金の使い道を厳しく検証するのは当然ですから、大いにやって頂きたいと思います。但し、民主党政権時にやった「事業仕分け」のようなやり方は勘弁願いたいものです。
そんな事より、ラピダスに関して心配されるのは稼ぐ力が生み出せるかという事です。例のEUV露光装置を導入できるのは、今のところインテル、サムスン、TSMC位だと言われています。
この3社が大いに稼いでいるのは言うまでもないでしょう。インテルは最近変調を来たしていると言われていますが、プロセッサではAMDと並んで寡占状態を続けています。サムスンはDRAMやフラッシュメモリでは世界1だし、TSMCは半導体生産額世界1です。
いずれも資金力は抜群のようです。ラピダスとしては、当面は補助を受けながらも(海外勢も受けている)、可及的速やかに自身で稼ぐ力を付ける事が最大の課題となるでしょう。
【釜原紘一(かまはら こういち)さんのプロフィール】
昭和15(1940)年12月、高知県室戸市に生まれる。父親の仕事の関係で幼少期に福岡(博多)、東京(世田谷上馬)、埼玉(浦和)、新京(旧満洲国の首都、現在の中国吉林省・長春)などを転々とし、昭和19(1944)年に帰国、室戸市で終戦を迎える。小学2年の時に上京し、少年期から大学卒業までを東京で過ごす。昭和39(1964)年3月、早稲田大学理工学部応用物理学科を卒業。同年4月、三菱電機(株)に入社後、兵庫県伊丹市の半導体工場に配属され、電力用半導体の開発・設計・製造に携わる。昭和57(1982)年3月、福岡市に電力半導体工場が移転したことで福岡へ。昭和60(1985)年10月、電力半導体製造課長を最後に本社に移り、半導体マーケティング部長として半導体全般のグローバルな調査・分析に従事。同時に業界活動にも携わり、EIAJ(社団法人日本電子機械工業会)の調査統計委員長、中国半導体調査団団長、WSTS(世界半導体市場統計)日本協議会会長などを務めた。平成13(2001)年3月に定年退職後、社団法人日本半導体ベンチャー協会常務理事・事務局長に就任。平成25(2013)年10月、同協会が発展的解消となり、(一社)日本電子デバイス産業協会が発足すると同時に監事を拝命し今日に至る。白井市では白井稲門会副会長、白井シニアライオンズクラブ会長などを務めた。趣味は、音楽鑑賞(クラシックから演歌まで)、旅行(国内、海外)。好きな食べ物は、麺類(蕎麦、ラーメン、うどん、そうめん、パスタなど長いもの全般)とカツオのたたき(但しスーパーで売っているものは食べない)