【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(80)
ボディーランゲージで読み解く国際関係の力学
「身体言語=ボディーランゲージ」は時に口から発せられる言葉より簡潔にして雄弁である。下の写真をご覧戴きたい。2018年6月、カナダのシャルルボワで開催されたG7サミット(主要7カ国首脳会議)のとても気まずい一幕である。
開催前から鉄鋼とアルミニウムに高関税を課すというトランプ大統領の発言に対し、EUは強く反発していた。安倍首相は、日米以外のG7各国から報復措置に参加するよう強く求められたのだが、仲良しのトランプ大統領との関係にひびが入るのを恐れ、難しい立場に追い込まれた。
この写真は、アンゲラ・メルケル独首相のインスタグラムに掲載されたものだが、BBC他世界中のメディアで取り上げられ、大きくバズった(注目を浴びた)のでご記憶の方も多いだろう。
各首脳の立ち位置、手の表情、視線、身体的距離感などまるで振付師がいるかのように複雑な会議模様が圧縮された素晴らしい一枚だ。安倍首相は思案の腕組み。トランプ大統領は拒の腕組みである。メルケル首相は、テーブルに手をつき、攻撃的な姿勢を隠そうともしていない。登場人物に勝手な台詞を当てはめてみた。
メルケル首相:「ねえ、ドナルド。アンタいい加減にしなさいよ!」
マクロン首相とテリーザ・メイ首相:「そうだ、そうだ! 人の迷惑を考えろよ!」
トランプ大統領:「フンッ、やなこった。ボク悪くないもん。(プイッと視線を外す)」
ボルトン大統領補佐官:「(心の声)ドナルド、その調子だ。がんばれ!一歩も引くなよ!」
安倍首相:「(心の声)ああ、ヤバイ、ホント困っちゃったな。ドナルドとEUの連中、ガチでぶつかっちゃったよ。両方の顔を立てる良い策がないかな。この修羅場を『まあまあまあ』となんとか納めることができるのは、多分オレだけだ。がんばれ、オレ!」
西村内閣官房副長官:「(心の声)エーッ、ナニコレ、大変だ、大変だ!安倍さんどうするんですか? 将来のための勉強だ。しっかり見極めなきゃ」
山崎外務審議官:「(心の声)うわーっ、コマッタ。安倍さんから意見を求められたら、なんて言えばいいんだろう? エーッ、実務サイドと致しましては…」
外交とは言葉による戦争の代替行為とも言える。真剣勝負だから、当然様々な駆け引きがあり、権謀術数が渦巻く。野生動物の縄張り争いと大きな違いはないだろう。
でも、人間の場合には、無用の軋轢を避けるためにプロトコル(外交儀礼)がある。外交に携わる者は須くプロトコルに精通していなければならない。大臣や国家元首ともなれば尚更のことである。
ところが、最近我が国では、プロトコルどころか一般的な礼儀作法さえ心許ない首相が誕生してしまった。無遠慮に他人の私生活に土足で踏み入り、その人を破滅させてしまうことさえ珍しくない、
まるで腐肉を漁るが如き週刊誌文春のある記者が、石破首相の「恥晒し外交」について批判記事を書いた。記者が首相の携帯にその記事に対する見解を問うメールを送ったところ、なんと石破首相本人から折り返し直接電話がかかってきたという。
この記事を読んで驚いたことが二つある。一つは、石破首相には週刊誌の記者に電話をかけて、己が行状の言い訳をする時間があることだ。内憂外患が深刻化する我が国の首相には他にやるべきことが山積している筈だと思うのだが…。
もう一つは、首相が電話で話したとされる内容だ。WEBメディアの「日刊サイゾー」の記事を引用する。
「あの~、メール見ました、ご苦労様。色んなご指摘はあります。それはね……」
声の主は首相本人。朴訥とした調子で、外遊を振り返り始めるのだった。――
文春によれば、ペルーで開かれたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議で各国首脳が談笑する中、石破茂首相(67)が議場の自席でひとり、手元の携帯電話をイジっていたという。近づいてきたマレーシアのアンワル首相に握手を求められ、笑顔で応じるもの、その体はどっしり椅子に座ったままだった。「恥晒しだ」と顰蹙を買った首相の振る舞い。首脳らとの会話もよそに、いつも携帯で何をチェックしていたのか。
「自身の評判に気を配り、ニュースは頻繁に見ている。議員や支援者らにもショートメールでこまめに返信しています」(首相周辺)
こうした「恥晒し外交」(文春)について石破はこう答えたという。
「それはね……、人に迷惑をかけては、とにかくいかんので。立場をちゃんと認識をして、ご指摘を踏まえて、最善を尽くしましょうと」
――それは外交マナーへの指摘に関して?
「そういうふうに見る人がいるわけで。やっぱり一番こう、……粗探しと言ったらいけませんね。何て言ったらいいんでしょう。もう三百六十度、気を使わないと、この仕事は勤まりませんよってことですね」
――タバコが吸えないストレスや、体調は?
「ありますけど、それがコントロールできないと、この仕事はいかんですよね」
そして最後にこういったという。
「そいう仕事なんですよ。それは。ああしたいこうしたいって言ったらもう勤まんない仕事なんですね……」
これが、一国のリーダーの言葉だろうか。とても信じられない。身もだえするほど情けない。
▲G20サミットで挨拶にきたカナダのトルドー首相に座ったまま笑顔で応える石破首相。「ヨッ!大人の風格!」なんて言っている場合ではない。国の大小を問わず、新参者が挨拶にまわるのが、世の常でしょうが!
世界中の首脳同士の会談を伝えるニュースでは、必ず首脳同士が握手する写真が添えられている。それらの写真には、彼らの親しさや信頼関係、力関係が弁明のしようがないほど容赦なく映し出されている。そんな写真のいくつかを振り返ってみよう。
まず、情けなく恥晒しな例を三連発。この原稿は二日酔い状態で執筆しているので、妄想が脳内を駆け巡っていて困る。いつもなら私の脳内の検閲フィルターによってフテキセツな表現には歯止めがかかるのだが、今日は、アセトアルデヒドのせいでフィルターに相当穴があいているようだ。不愉快、不適切である、と捉えられる方がいらっしゃるかも知れないが、どうぞご容赦願いたい。
▲我らが石破首相と習近平国家主席。仏頂面して両手でへりくだった握手
石破首相の心の声:「外務省から、握手するとき絶対に笑っちゃいけませんといわれたけど、仏頂面だと習さん、気を悪くしちゃうよね。あ、いいこと考えた。気持を込めて両手で握手したら、ボク、こんな不機嫌そうな顔してますけど、ホントは習さんと仲良くしたいんですって気持がきっと伝わるよね」
習国家主席の心の声:「なんだ、コイツ、顔と手が伝えるメッセージがチグハグじゃないか。度胸が据わっていない証拠だな。アベとはエライ違いだ。チョロイな、こいつ」
さて、安倍首相と習国家主席の握手はどんなものだったのか。
▲安倍首相(当時)と習近平国家主席の握手。真剣勝負の気配が漂っている
対照的だったのが、河野太郎外相(当時)と中国の王毅外相の握手だ。
▲ナンジャコレハ!
河野外相の心の声:「王毅閣下、お目にかかれて恐悦至極。河野メにございます。どうぞ、よろしくお引き回しくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」
王毅外相の心の声:「ウム、河野であるか。苦しゅうない。中国のために励めよ」
河野外相の心の声:「ハハー、承知つかまつりました」
王毅外相の写真をもう一枚。プーチン大統領との握手だ。バランスの取れた礼儀正しい握手とは、相手と自分を隔てる空間の真ん中辺りで、適度力加減で手を握り合う形である。下の写真の王毅外交部長は、プーチン大統領の手をグイッと自分の方に引き寄せている。河野外相と握手したとき同じである。この握手のスタイルは、政治家に限らず攻撃的で傲慢なタイプの人に多い。
中国の要人の中には、この攻撃的スタイルの対極のようなもう一つの嫌らしい握手のスタイルがある。それは、ただ手をスッと差し出して、自分の手には全く手に力を入れず、まるで「私の手に摑まらせてあげるから有り難く思いなさい」といった雰囲気なのである。私は、何度もこの手の「大人ぶった」政治家や役人に遭遇したことがあるが、死んだ魚を握っているようで、気持の悪いことこの上なかった。
▲プーチン大統領の手をグイッと自分の方に引き寄せる。交渉の主導権を握ろうとするあまり、礼を失した下品な握手だ
▲二階幹事長と習国家主席の握手。思い出すだけで胸くそが悪い
二階幹事長:「習主席閣下殿、またお目にかかれてこの上ない幸せにございます。いつも、尊敬し、お慕い申し上げております。私メに閣下のお手をとらせてください。習閣下、アンタが大将! 万歳!」
習国家主席の心の声:「??? 大丈夫かコイツ? いつも中国のために、誠心誠意尽くしてくれるので重宝はしているが、コイツ、日本の政治家だよな。こんなにへつらって恥ずかしくないのかね。日本人は、幹事長のこんな姿を見て怒んないのかな。他人事ながら心配だよ」
岸田首相が退任前にホワイトハウスを訪れたときの様子が、テレビで放映された。バイデン大統領は、岸田首相の肩に手を回している。岸田首相はにこにこと笑いながら歩いている。
私は、この光景を見て溜息をついた。誰が親分なのか良く分かる。別の写真では、バイデン大統領が岸田首相の首根っこを掴み、何かを言い聞かせているように見える。岸田首相は、もみ手をしながら神妙な面持ちでバイデン大統領の話に耳を傾け、その傍らではマクロン大統領が聞き耳を立てている。
▲楽しそうに歩く岸田首相とバイデン大統領
▲岸田首相とバイデン大統領がヒソヒソ話し。バイデン大統領は、岸田首相の首根っこをガシッと掴み、岸田首相はもみ手をしながら神妙な面持ちで全神経を集中している(様に見える)その傍らで、フランスのマクロン大統領が聞き耳を立てる
バイデン大統領:「なぁ、フミオ。アノ件、大丈夫だろうな? 何回も言わせないでくれよ」
岸田首相:「勿論だよ、ジョー。心配しないで。日本はいつもアメリカファーストだからね」
マクロン大統領の心の声:「アーア、岸田サン、ジョーに丸め込まれてるな。オレみたいに、イヤなことはイヤだってはっきり言えば良いのに」
バイデン大統領はどうもマウントを取るのが大好きなようだ。少し調べて見ただけで、あるわ、あるわ。バイデン大統領が鷹揚に世界の名だたる首脳たちの肩に手を回している写真が。いくつかご紹介しよう。
▲英国ボリス・ジョンソン首相の肩に手を回すバイデン大統領
▲ゼレンスキー大統領の肩に手を掛けるバイデン大統領
▲▼肩と腰に手を回すバイデンとマクロンの両大統領
バイデン大統領がマクロン大統領の肩をつかんでいる写真もいくつか目に止まったが、マクロン大統領はすかさず、バイデン大統領の身体に手を触れ返し、対等に見えるようなボディーランゲージを心がけているようだ。「やられっぱなし」ではない。
私がが調べた限り、バイデン大統領が肩に手を回すことのない(なかった)政治家が3人いる。我が安倍首相、習近平中国国家主席、そしてプーチン大統領だ。これが何を物語るか説明は不要だろう。
安倍首相とトランプ大統領の写真には二人に深い信頼関係が見て取れるものが多く残されているのでいくつか振り返ってみよう。
▲世界中の首脳をうらやましがらせた安倍首相とトランプ大統領の自撮り写真
▲見つめ合う二人。将来を誓い合うまるで恋人同士
石破首相には、世界の首脳たちと安倍総理のような素晴らしい写真を残せるような関係を築いていただきたいものだ。まずは、背筋を伸ばして、口は半開きにせずいつもキリッと結んでいることから始めては如何でしょうか。あ、それにネクタイが、曲がっていないか、ワイシャツと背広に皺はないかにも気をつけた方がよろしいかと。
海外出張に出かけると睡魔との戦いは避けられません。会食の途中で眠くなっても、抜け出したりしないで「オレは日本の首相だ!」と歯を食いしばって耐えてください。
それから、まさかスープをズルズルすすったりしませんよね。口一杯に食べ物を詰め込んで、誰かから話かけられたときに、モゴモゴと咀嚼中の食べ物が相手から見えるようではサイテーですね。
食べ物は、少量ずつ口に運び、誰かから話しかけられたら、舌で食べ物をホッペタと歯の間に緊急避難させて、何食わぬ顔で会話を続けるという小技を習得されることも大切かと存じます。
【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。