元キャンディーズ、田中好子さん。
亡くなられたことにも驚いたが、肉声でメッセージが残されていたことには、もっと驚いた。
“きょうは3月29日。東日本大震災から2週間たちました。被災された皆様のことを思うと、心が破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。
私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でも、その時は必ず、天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。それが私の務めと思っています。
今日お集まりいただいたみなさまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。
キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。
幸せな、幸せな人生でした。
心の底から感謝しています。
(以下略)”
その内容が、まず被災された方々、亡くなった方々に向けられていたことに、人間としての気高さを思う。
自分のことだけを言うのでなく、こんなに苦しいときでも他の人々のことを気遣っている。そのことに胸を打たれる。
「天国で」被災された方の役に立ちたいと言う。
そして、そのことを自分の「務め」だとも言う。
そこまで言えるのか…。
30余年前、
「私たちは、本当に幸せでした!」
と叫ぶように言って、キャンディーズは解散したのだった。
「普通の女の子に戻りたい!」と言って、解散宣言をしたことと、「幸せでした」という言葉とが、若い日の私には、妙に合わないと感じたことを覚えている。
「普通の女の子に戻りたい」のは、現状では不幸な思いをしているからだったのでは?
なのに、「幸せでした」とはおかしいのではないか、と。
でも、今回の、「幸せな、幸せな人生でした」だって、違うのじゃないかと言いたくなる。
まだ、50代半ば。
まだ、若いじゃないか。
もっとやりたいことがあったじゃないか。
若いのに亡くなるなんて、幸せじゃないよっ、と言ってあげたくなる。
でも、「幸せでした」と言うことで、周囲の人々に、感謝の心を伝えようとしているのだ。
それを聞くことによって、周囲の人の心に、あたたかいものが広がっていくのだ。
たぶん、解散時も今回も同じ気持ちで、「幸せ」を言っているのだ、と今になってわかる。
心根の優しさ、魂の気高さに、ただただ泣けてくる。
冥福を祈りたい。
亡くなられたことにも驚いたが、肉声でメッセージが残されていたことには、もっと驚いた。
“きょうは3月29日。東日本大震災から2週間たちました。被災された皆様のことを思うと、心が破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。
私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でも、その時は必ず、天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。それが私の務めと思っています。
今日お集まりいただいたみなさまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。
キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。
幸せな、幸せな人生でした。
心の底から感謝しています。
(以下略)”
その内容が、まず被災された方々、亡くなった方々に向けられていたことに、人間としての気高さを思う。
自分のことだけを言うのでなく、こんなに苦しいときでも他の人々のことを気遣っている。そのことに胸を打たれる。
「天国で」被災された方の役に立ちたいと言う。
そして、そのことを自分の「務め」だとも言う。
そこまで言えるのか…。
30余年前、
「私たちは、本当に幸せでした!」
と叫ぶように言って、キャンディーズは解散したのだった。
「普通の女の子に戻りたい!」と言って、解散宣言をしたことと、「幸せでした」という言葉とが、若い日の私には、妙に合わないと感じたことを覚えている。
「普通の女の子に戻りたい」のは、現状では不幸な思いをしているからだったのでは?
なのに、「幸せでした」とはおかしいのではないか、と。
でも、今回の、「幸せな、幸せな人生でした」だって、違うのじゃないかと言いたくなる。
まだ、50代半ば。
まだ、若いじゃないか。
もっとやりたいことがあったじゃないか。
若いのに亡くなるなんて、幸せじゃないよっ、と言ってあげたくなる。
でも、「幸せでした」と言うことで、周囲の人々に、感謝の心を伝えようとしているのだ。
それを聞くことによって、周囲の人の心に、あたたかいものが広がっていくのだ。
たぶん、解散時も今回も同じ気持ちで、「幸せ」を言っているのだ、と今になってわかる。
心根の優しさ、魂の気高さに、ただただ泣けてくる。
冥福を祈りたい。