◎橋本欣五郎「閣下、決起してください」
石橋恒喜著『昭和の反乱』(高木書房、一九七九年二月)の上巻から、「錦旗革命」関係の記述を紹介している。
本日は、その五回目で、「閣下決起してください」の節を紹介する。
閣下決起してください
「過日、橋本〔欣五郎〕中佐が杉山〔元〕次官や建川〔美次〕部長に申した企図断念はウソです。私どもも桜会々員であり、国家改造の必要性は認めますが、暴力革命的行動にはついていけません。思いとどまるよう急進派を説得しましたが、頑として聞きいれません。今夜、彼らは最後の打ち合わせを行うことになっております。私どもは同志を裏切ることになりますが、無謀な行動によって、前途ある将校を葬るにしのびません。憲兵の手で首謀者を拘束するなど、断固たる措逋をとっていただきたいと思います」
根本らはこう語りながら、拘束を要するものとして参謀本部の中堅幕僚と、青年将校のリーダーとして山口一太郎と野田又雄の名をあげた。そして、拘束に際しては、自分たちもいっしょに検挙してくれるよう申し出た。
今村はただちに参謀本部第一課長(編成)の東条英機と陸軍省軍事課長の永田鉄山と相談して、午後五時半から陸軍大臣応接室で省部の緊急会議を開いた。集まったものは陸軍省から杉山次官、小磯〔国昭〕軍務局長、中村〔孝太郎〕人事局長、永田軍事謀長、岡村〔寧次〕補任課長ら、参謀本部からは二宮〔治重〕次長、梅津〔美治郎〕総務部長、建川作戦部長、東条編成課長、重藤〔千秋〕支那課長、今村〔均〕作戦課長など、ほかに憲兵司令官の外山豊造〈トヤマ・ブンゾウ〉少将にも立ち合いを求めた。
この日、教育総監部本部長の荒木〔貞夫〕は、夜行列車で熊本の陸軍教導学校の初度巡視に出かけることに なっていた。荒木にとって熊本は〝第二の故郷〟だ。長閥から嫌われた彼は、歩兵第二十三連隊長、第六師団長と熊本で多年配所の月を見ている。遠足に出かける幼稚園児のように、早朝から起き出して旅じたくに余念がなかった。そこへ予備役海軍中将の小笠原長生〈ナガナリ〉から電話がかかってきた。
「聞くところによると、貴官は本日、東郷元帥と参内されるとのことですが、本当ですか。実は不思議な話なので元帥にうかがったら、〝自分は知らん〟とのことなので、念のため閣下へ電話した次第です」
小笠原は東郷の秘書役だ。そこで荒木は出勤の途中、小笠原邸をたずねてウワサの出所を調べてみた。どうもおかしい。何か不穏なくわだてがある。かつて憲兵司令官の経験があるだけに、ピンと響くものがあったらしい。早速、総監部に登庁すると、磯谷廉介〈イソガイ・レンスケ〉、工藤義雄ら課長を集めた。いずれも部内には〝異常なし〟とある。やがて昼ごろとなって、橋本が突然、本部長室へやってきた。ただならぬ面持ちである。
「閣下、決起してください」
やぶから棒の申し出に荒木はあっけにとられた。
「決起しろ、とは何のことかね……」
突っ込んで問いただしてみたが橋本は答えない。
「閣下を信じてお願いするのだから、このさい何も聞かないでほしい。ともかく決起してください」
目を血走らせた橋本は、ドスンと軍刀のこじりで床を突くと、肩をいからせながら帰っていった。これで小笠原の電話の件も、おおよそ見当がついた。すぐ陸軍省に電話して、ロシア班長をマークするよう永田に注意した。【以下、次回】
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