山猿

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

赤石山系

2007-05-28 08:26:20 | 日記・エッセイ・コラム

日浦ー西赤石ー東赤石ー筏津 をあるく。
東赤石へは時間てきなこともあって、巻き道を行く。黄砂はかなりあったが好天で山頂間はおもったより短時間であるけた。岩場では7~8名がザイルでへばりついていた。楽しそう、東赤石ー筏津の下りはやっぱり相当長く感じた。
ツツジをみようと登ったんですが、すでにおわってたようで、三つ葉ツツジが少々というところでした、ツガザクラはけっこう見られました。Img_1093bs Img_1099


一の森ヒュッテ

2007-05-14 21:38:06 | 日記・エッセイ・コラム

一の森のヒュッテが解説70年になったと新聞の記事。
高校を卒業したものの、大学の受験にも失敗し、明日の見えない少年は、山でも登ってみようと、穴吹まで国鉄、徳バスで川上下車、近くの雑貨屋で「剣山はどれですか?」と訊いた。山での遭難が極悪人だったころなんで、こっぴどく叱られたが・・、「とにかく、いま工事してる見の越までの道を歩いていけ」と、教えてくれた。大剣神社に着いたのは、20時もとっくに過ぎてたかな~。とにかく一泊をお願いして、布団で寝ることが出来た。
翌日、好天で雪があったが暖かく頂上をこえて一の森へ向かう。一の森というところにヒュッテがあるときいてたので、とにかくそこまでと頑張ってみた、この日の好天の雪の残ってた山歩きが、いまだに山を歩かせている。
一の森の小屋には、すごいハイレベルなお婆さんがいて、登山者の徳大生とえらいレベルの高い話をしていた。とにかく一泊をお願いして、3人でいろいろお話した。ばあさんのご主人がコリトリへの下山中滑って死んだこと、とか 学生の明日の計画とか、年少の私は相槌を打つばかりでした。
翌朝、熊の足跡がたくさんあったことだけは覚えてます。あれから40年あまり、今もどきどきしながら山に向かっている。


飯山(讃岐富士)

2007-05-13 20:50:18 | 日記・エッセイ・コラム

故郷での墓参の帰り、丸亀の飯山に家族で登る。
はずかしながら、初めてでした。天気もよく少し靄ってましたが、みんなで楽しく歩きました。讃岐富士さんのHPでいつも拝見してる山なんで、初めてのような気がしなかった。内のだいぶん豊満な人も丁度よいといってました。
いろいろ道があったので、次回からは他のルートをだんだんに歩いてみようとおもいました。Img_1085 Img_1081


道具考

2007-05-12 20:29:30 | 日記・エッセイ・コラム

2週間ぐらい山行きがないといろいろと道具を引っ張り出してメンテナンスかたわら、磨いてみる。きょうは725です。むかし、単独がほとんどだったので、625は使わず始めからこれオンリーでした。いまも冬はこれです。火力の強さは十分です、パッキンもそのままで漏れはなしです。何人かで使うと音がうるさくおもいますが、一人のテントでは元気のでるいい音です。つらいのは、大きな鍋ではゴトクが小さいかなと・・・・。でも、最近は、でっかい鍋を使う時は友人のMSRの安定感のいいコンロをもっぱら借用することにしてるのでやっぱり壊れるまでこれですね。多分わたしのほうが早く壊れそうです。725


こどもの日

2007-05-05 19:24:44 | 日記・エッセイ・コラム

昨日の天気予報では、日中雨とのことで、BSの持分は室内(中央公民館5F)の吹き矢のみになる。例年やってたモンキーブリッジ(屋外)は中止ということで、残念だったが、狭いながらも、皆さんの協力でこども達には新鮮な吹き矢という少々危険を感じる、ゲームは面白いようでした。こども達の純粋さをまたまた感じた子供祭りでした。5月5日