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こばさんとの出会い

2015-11-09 20:20:02 | 日本海 旅
あれは私が初めて島根県は隠岐の島に、じろうさんに引き連れられ渡った、第25回隠岐しげさ節全国大会(5年前)の選手控え室で見たのが最初の出会いであった。

カッターシャツ姿が妙に紳士で誰に対しても頭は低く、私はその姿勢を眺めながら素晴らしい民謡人なのだと密かに感動をしていた。

私の理想の素晴らしき民謡人とは、まさに、こばさんのような人のことを差す。 見事な人の違うところは、技術やレベルで人を測らず、例え初心者であったにしても、全く同じ高さの目線にて物を言ってくださるのだ。

まさに、こばさんは、それにピッタリで、一人一人の民謡人に対して丁寧な心配りを欠かさない方である。

そう25回大会優勝者の赤田先生がまさにそうで、私のような未熟者にでも常に同じ目線で話かけてくださるのです。

私は昨夜、松江駅から徒歩7分くらいの野津旅館さんに泊まらせていただいたのであったのだが、その情報を知った、こばさんが早速、旅館まで会いに来てくださった。

外は雨で旅館の中では音だしはさすがに無理だと考え、本年度、日本一の音戸の舟唄や隠岐しげさ節は残念ながら聴くことは叶わなかったのだったが、その一瞬のために、わざわざ旅館まで足を運んでくださる、その民謡心が私には心に有り難く刺さった。

こばさんと分かれた後、私は松江駅へと散歩に出掛けた。 すると駅前にて3人の若者がフォークギターを退きながらストリートミュージシャンを行っていたのであった。

私はサンタクロースの歌を聞きながら、彼らが羨ましく思った。 僕だって日本一のこばさんやじろうさんと一緒に松江駅ライブやりたいなー

もうそろそろ民謡が世に流行り始めてもいいじゃないだろうか。 民謡は民謡を行う会だけが楽しめば良いだけではなく、彼等のように一人でも多くの道行く人々の耳や心に響かせても良いんじゃないかなって私は考えている。

昨夜は彼等を邪魔したくなかったので諦めたのだが、再度、松江駅に行ける日が訪れたならば、私が駅を歩く人々に隠岐しげさ節を聴いていただきたい!

島根県には、こんなに素晴らしい民謡曲があるんですよってところを他の県の方より、何より、島根県の方々に第一に知って戴きたい。

ここではっきりと書いておきたいが上手いか下手かは聴く人が決めるということにしておいて述べるのですが、私の心の中に完成しつつある隠岐しげさ節は、もし完成出来たならば、きっと人を感動させることが出来ると考えている。

この唄を完成させるためには練習は勿論必要ではあるのだが私が最近、思うに、思いきって唄い切ることが大切で、下手に酸素をセーブしながら歌ってしまうとケチな歌となってしまうように感じている。

酸素を腹の底から圧力を集中させて押し出してゆき音を切らさないように、どのようにして酸素を取り込んでゆくのかの技術を習得しなければならないのである。

この技術について始めて教えてくださったのが、こばさんでありました。 私は、そのことを聴いてからもう2年半が経つのですが、ようやく少しずつ出来るようになっております。

大体、隠岐しげさ節なんて、酸素を吐き続けて唄えるような簡単な曲ではございません。 この技法を完璧に身につけるためには最低でも3年~5年はかかるでしょう。

しかし私はいつの日かやってみせます。 人をしげさ節で感動させることが本当に出来るようにまでなって上級者であるのだと考えているのです。

私は未完成ではございますが、こばさんが下さった引き唄の技法のヒントをなんとか自分なりに研究と実戦を重ねて物になるよう大切に育ててゆきたいのです。

今は全国からこばさんに民謡要請がかかっておりますけれども、私もいつの日か誰かから要請していただけるような民謡人になってみたいです。

こばさん、引き唄のコツをアドバイスして下さり誠にだんだん。 昨日から島根、鳥取、兵庫と日本海を眺めながらあなたの唄や心を考えていましたよ。

松江駅では、じろうさんも、ここを何度歩いたのだろうと涙が出そうになりましたよ。

私は彼等を民謡仲間として思えることが不思議で仕方ない。 なぜなら彼等こそが、この日本を、いや世界を代表して良い素晴らしい民謡人だと心の底から尊敬しているからなのであるのだから。

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