皆様、おはようございます。 昨日の大会中、実は私のブログを、しげさ節動画から知り読んでくれていると話かけてくださった広島人がいた。
私はまたインターネットの繋がりの広さに驚かされた。
これは明らかに確実に民謡の世界や力は広がっていると確信しております。
3本で競技に出場されておりましたので江田島に帰りましたら動画制作に掛かろうと思います。
話は戻り隠岐の朝… まだ6時だが目が覚めた。
旅館の窓を開け、隠岐の島の普段の早朝の新鮮な空気を吸い込み…
外には小鳥達の泣き声の静かな合唱! 道路にはランニングをしている若い男性。
そして地元のおばちゃんが2名、エコバッグさげて歩いている…
ん、あれっ! その内のお一人は私と同じ中級の三味線競技者であった。
昨日はライバルとして共に舞台で競った仲である。
私は愛しく思った。 なんて競技というのは素晴らしいことであるのか…
競技者我々に常に僅かでも上を目指せと努力しろと慰めてくれる。
私にとって上の世界とは、しげさ節でいうなら上級者の世界である。
実は大会終了後の交流会で思わぬ本音を聞くことになる。
しげさ交流会。 一度経験したものは病み付きになると噂されるほど、この会のおもてなしや盛り上がりは現実の世界を忘れさせてくれ、皆の心は一つとなれる。
ピリピリ張り詰めた競技中では、なかなか気軽に話かけたりはできにくいものだ。
そんな中、私が初めて隠岐しげさ節大会に出場した一昨年、私にとって素晴らしい出会いがあった。
それは関東でしげさコンクールを制覇されたお二人であった。
私は当時、その方達の競技前の練習風景を目の前で見学させてもらっていた…
初めて聞いた時のショックは今でも忘れることはできない!
それほど驚くほどによく声が通り迫力があり味もあり、これが人間の出せる声なのか?!と疑いたくなるような美しく素晴らしい声であった。
その内のお一人は現在プロの歌手である。 それはそれは味のある若々しい民謡を唄われる素敵な唄い手であります。
そんな雲の上の方との二度目の出会いは、作秋のしげさコンクール東京大会であった。
たまたま私がホテルから会場に歩いて向かっていると美しい紫の着物を着た歌手を発見、その方であった。
もちろん僕のことは覚えているはずもなかったのだが… 私はファンであることを伝え、しげさ節を唄われるステージを頑張ってくださいませとお声を掛けさせていただいた。
そんな信じられないくらいの方が微かな私との出会いから、交流会で歩み寄ってくくださった。
実は今大会、はるばる関東から上級の部で日本一を目指し参加されていたのでありました。
私は、その方から意外なお言葉を聞くことになる…
それは日本一になることへの難しさからの僅かな諦めを感じさせるお言葉であった…
私は胸の中ですぐさま込み上げるものが起こり咳を切ったかのようにお伝えした…
ファンとして、下のクラスの者として、同じ競技者として、その仲間の一人が日本一を諦めてしまうことになれば…
そのファン、私としては心底寂しい!自分の中では、すでに日本一になっておられる素晴らしい歌手なんです!
私はこうもお伝えした… どうか10年、いや!15年経っても決して諦めないでくださいと懇願した。
その近くで話を聞いていた母が助言をした… 広島の先生は、日本一に輝くまでに23年掛かったんですよ。
そして僕は付け足した… 現在の上級者の中にも日本一に非常に近く毎回表彰される常連さまがいる。
いくら何度舞台の上で我々に感動のしげさ節を披露してくださったことであろうか…
その方は若く毎回美しい振り袖に身を包み、しげさ節の華である。
その方は何度も準優勝に輝いては次の年には敢闘賞など…
本当に悔しい思いをされていると思います。
どんなに悔しいでしょう… あと一歩、その一歩の遠いこと…
そうです、日本一になるには頂点に立たなければならないのです。
私はまだ3大会、3年しか経ってはいない…
それだけでも毎年ドラマを見ている… そんな実話をその方に打ち明けた上に更に私はお願いした。
自分は例え中級者でありましても日本一の夢は持ち続けます。
夢は持ち続ける以上、逃げたりはしないのです。
一旦、日本一を諦めてしまえば… それはもう二度と追えなくなってしまうことでしょう。
日本一になる実力があるのに諦めるなんて絶対に頑張っていただきたい!
私は手を取り合い同じ競技者として心から応援した…
私はこの先、いつの日かその方が優勝し晴れて日本一になれた時…
私は… わたしは… 涙を流しながら胴上げをしてあげたい!
真剣な表情で下のクラスの僕に本音を語ってくださった雲の上のお方…
そんな方にも悩みは当然あり迷いも出る… それが人間というものである。
私は同じ人間として、同じ競技者として、もっともっとその方のファンになった。
日本一は簡単に早く成れればいいというものではなく…
日本一になることの大切さよりも、日本一を目指す人間として競技者としての長く挑んでゆく姿勢が重要であると考えます。
まとめて述べると日本一とは、苦労を重ねれば重ねるほど、年月をかければかけるほどに価値は高いもので忘れられないものだと想像します。
一緒にいつの日か交流会で日本一の胴上げと乾杯の音頭、この私、島本雄司が心を込めまして努めさせて戴きたいと思っております。
私は死ぬまで生涯を閉じるまで隠岐への挑戦を続けてみたいと思っております。
集まれライバル、見て隠岐の島! 感じて仲間の力! 浸って民謡力! 輝け自分!!
ご拝読、誠にありがとうございます。 皆様を心から愛しております。 素晴らしき一日を二度と来ない一日を!
私はまたインターネットの繋がりの広さに驚かされた。
これは明らかに確実に民謡の世界や力は広がっていると確信しております。
3本で競技に出場されておりましたので江田島に帰りましたら動画制作に掛かろうと思います。
話は戻り隠岐の朝… まだ6時だが目が覚めた。
旅館の窓を開け、隠岐の島の普段の早朝の新鮮な空気を吸い込み…
外には小鳥達の泣き声の静かな合唱! 道路にはランニングをしている若い男性。
そして地元のおばちゃんが2名、エコバッグさげて歩いている…
ん、あれっ! その内のお一人は私と同じ中級の三味線競技者であった。
昨日はライバルとして共に舞台で競った仲である。
私は愛しく思った。 なんて競技というのは素晴らしいことであるのか…
競技者我々に常に僅かでも上を目指せと努力しろと慰めてくれる。
私にとって上の世界とは、しげさ節でいうなら上級者の世界である。
実は大会終了後の交流会で思わぬ本音を聞くことになる。
しげさ交流会。 一度経験したものは病み付きになると噂されるほど、この会のおもてなしや盛り上がりは現実の世界を忘れさせてくれ、皆の心は一つとなれる。
ピリピリ張り詰めた競技中では、なかなか気軽に話かけたりはできにくいものだ。
そんな中、私が初めて隠岐しげさ節大会に出場した一昨年、私にとって素晴らしい出会いがあった。
それは関東でしげさコンクールを制覇されたお二人であった。
私は当時、その方達の競技前の練習風景を目の前で見学させてもらっていた…
初めて聞いた時のショックは今でも忘れることはできない!
それほど驚くほどによく声が通り迫力があり味もあり、これが人間の出せる声なのか?!と疑いたくなるような美しく素晴らしい声であった。
その内のお一人は現在プロの歌手である。 それはそれは味のある若々しい民謡を唄われる素敵な唄い手であります。
そんな雲の上の方との二度目の出会いは、作秋のしげさコンクール東京大会であった。
たまたま私がホテルから会場に歩いて向かっていると美しい紫の着物を着た歌手を発見、その方であった。
もちろん僕のことは覚えているはずもなかったのだが… 私はファンであることを伝え、しげさ節を唄われるステージを頑張ってくださいませとお声を掛けさせていただいた。
そんな信じられないくらいの方が微かな私との出会いから、交流会で歩み寄ってくくださった。
実は今大会、はるばる関東から上級の部で日本一を目指し参加されていたのでありました。
私は、その方から意外なお言葉を聞くことになる…
それは日本一になることへの難しさからの僅かな諦めを感じさせるお言葉であった…
私は胸の中ですぐさま込み上げるものが起こり咳を切ったかのようにお伝えした…
ファンとして、下のクラスの者として、同じ競技者として、その仲間の一人が日本一を諦めてしまうことになれば…
そのファン、私としては心底寂しい!自分の中では、すでに日本一になっておられる素晴らしい歌手なんです!
私はこうもお伝えした… どうか10年、いや!15年経っても決して諦めないでくださいと懇願した。
その近くで話を聞いていた母が助言をした… 広島の先生は、日本一に輝くまでに23年掛かったんですよ。
そして僕は付け足した… 現在の上級者の中にも日本一に非常に近く毎回表彰される常連さまがいる。
いくら何度舞台の上で我々に感動のしげさ節を披露してくださったことであろうか…
その方は若く毎回美しい振り袖に身を包み、しげさ節の華である。
その方は何度も準優勝に輝いては次の年には敢闘賞など…
本当に悔しい思いをされていると思います。
どんなに悔しいでしょう… あと一歩、その一歩の遠いこと…
そうです、日本一になるには頂点に立たなければならないのです。
私はまだ3大会、3年しか経ってはいない…
それだけでも毎年ドラマを見ている… そんな実話をその方に打ち明けた上に更に私はお願いした。
自分は例え中級者でありましても日本一の夢は持ち続けます。
夢は持ち続ける以上、逃げたりはしないのです。
一旦、日本一を諦めてしまえば… それはもう二度と追えなくなってしまうことでしょう。
日本一になる実力があるのに諦めるなんて絶対に頑張っていただきたい!
私は手を取り合い同じ競技者として心から応援した…
私はこの先、いつの日かその方が優勝し晴れて日本一になれた時…
私は… わたしは… 涙を流しながら胴上げをしてあげたい!
真剣な表情で下のクラスの僕に本音を語ってくださった雲の上のお方…
そんな方にも悩みは当然あり迷いも出る… それが人間というものである。
私は同じ人間として、同じ競技者として、もっともっとその方のファンになった。
日本一は簡単に早く成れればいいというものではなく…
日本一になることの大切さよりも、日本一を目指す人間として競技者としての長く挑んでゆく姿勢が重要であると考えます。
まとめて述べると日本一とは、苦労を重ねれば重ねるほど、年月をかければかけるほどに価値は高いもので忘れられないものだと想像します。
一緒にいつの日か交流会で日本一の胴上げと乾杯の音頭、この私、島本雄司が心を込めまして努めさせて戴きたいと思っております。
私は死ぬまで生涯を閉じるまで隠岐への挑戦を続けてみたいと思っております。
集まれライバル、見て隠岐の島! 感じて仲間の力! 浸って民謡力! 輝け自分!!
ご拝読、誠にありがとうございます。 皆様を心から愛しております。 素晴らしき一日を二度と来ない一日を!
毎日の努力や出来事は、決して無駄にはならない事を、ゆうさんが証明してくれている。
それが七転八倒で泥臭くても、カッコいいと思うよ。
ただ、ゆうさんの腕力だけじゃ、胴上げは無理だよ~(*^^*)
いろんな意味で大収穫だったようで これで又元気になってくださいね
私も一昨年の隠岐に想いを巡らしていました
来年こそ行きたいヮ
あと1年ありますから、キツイかもしれませんが少しづつでも貯金をして広島遠征資金貯めておいてくださいましね
私は土曜、日曜、月曜と春コンサートのためにお店を休みサポートする予定でございます。
それとこんなこと言ってはいけないかもしれないけれども、どうしても参加が難しいと判断される場合には遠慮せず断ってくださいましね。
私は絶対に無理に誘いはしませんから。 ただ一人でも多くの民謡仲間との思い出のをメモリーしたいのです。 永遠の その時にしか作れません。 その中にわずかでもいいからあなたの三味線も入れたいという思いでございます
桜さんも一緒だとどれだけ心強かったことでしょう 私のような者にでもやさしく話してくださるお仲間に 私は感激したのであります
来年こそ関東魂をお二人揃って僕達ファンに見せてくださいませ お二人が唄われる時の三味線の先生の笑顔がまた素敵なんですよ
なぜって それは唄い手が上手で弾くのが気持ち良くなるからだと僕は想像してるんですよ 僕だっていつの日か、あんな笑顔で弾いてもらえるような唄い手になってみたいと夢を観ております(笑)
今年の優勝者は、舞台の上で緊張に打ち勝っていたように見えました さらに見ている僕達に詩を言い聞かせるように情緒を浮かばせ堂々たるものでございました。
あの舞台の上での緊張に左右されるうちには、日本一は無理なのでしょう・・ 上級の部であっても緊張が表れてしまう競技者は多いと見受けられます。
舞台の上で楽しみながら唄えるような唄い手になりたいと願うばかりでございます 桜さん、来年も隠岐でお会い致しましょう