NOTEBOOK

なにも ほしがならなぁい なにも きたいしなぁい

まほろ駅前番外地 第3話「キャバ嬢ストーカー、捕まえます」

2013-01-26 | 授業
川村ゆきえ(notひかる!)が地元のキャバ嬢で超可愛い!そして土下座されると断れないで、どんなキモい客ともホテルに行っちゃう自称馬鹿な女の子であり、行天曰く良い子。今回は実際の警察官によるキャバ嬢ストーカー事件を元にしているけれど、このキャバ嬢が土下座に弱いっていうのが効果的にラストで複線になってる。予告編での行天の言動に違和感があったけれど、合点が行く。

冒頭のピンクチラシのいかにもな女の子の写真のレベル具合がいつもの大根監督の底意地の悪さが垣間見られて素敵です。キャバクラの客のキャスティングもさすがというルック。『TOKYO JUNGLE』ががっつりフューチャーされているのもゲームファンには嬉しい。(ただあのゲーム、面白いか?)来週も面白そう!

ザ・フューチャー(原題;the Future)

2013-01-23 | 授業
なんだろうか。監督・脚本・主演と聞くと、北野武というよりもヴィンセント・ギャロが浮かんじゃう。そしてミランダ・ジュライの顔って他の俳優と表現形式が違う。浦沢直樹のマンガに萩尾望都というか。違うか。予告編を観てもまったくピンと来なかったけれど…


リトルランボーズ


冒頭、保護した猫を引き取るまでの時間が自分たちの残された自由な時間だと考えた(何で?)ダンス教室に勤めるソフィーとパソコンの遠隔サポート業務を行うジェイソンのカップルは自由な内に自分のやりたいことをしようと退屈でつまらない今の仕事を辞めてしまう(何で?ねぇ、何で?)。そして気の赴くままに自分のやりたいと、ほんのちょっとだけほんのちょっとだけ、思ったことをはじめる。具体的にはソフィーは自分が踊りたい創作ダンスを作ることであり、ジェイソンはたまたま道で声を掛けられた環境保護ビジネス(端的に言うと、寄付名目で木を売る怪しい商売)をはじめる。

「ELLE」日本版2月号のミランダ・ジュライのコメントによるとこれは「リアルに描いた」のだそうだけれど、創作ダンスと環境保護(という名の怪しいビジネス)と多くの人にとっては身近ではない職業。そもそも猫が家に来ることが自由な時間の終わり(=モラトリアムの終焉)という設定自体が寓話的だし、ソフィーもジェイソンもその仕事に本気に、心から取り組んでいるようではない。それはモラトリアムだから真剣にならないでも良いのか、モラトリアムだからこそ、その先の為に何かをすべきじゃないのか。でもソフィーはなんだかむにゃむにゃとダンスし、ジェイソンは訪問販売で寄付を募り木を売る。売れないけれど。


後半、ソフィーが偶然知り合った(この知り合い方もソフィーはメンヘルの危ない女にしか見えない…)おっさんとの立ちバック(!?)から物語は大きく転調する。ソフィーはおっさんの下に走り、ジェイソンを捨てる決意をする。別れ話を切り出されたくないジェイソンがソフィーの頭に「待って!」と手を置くと、何故か時間が止まる。状況が飲み込めないジェイソンに対して、月が状況を話して聞かせてくれる(これって『素晴らしき哉人生』の”神”として描かれる惑星のイメージなんだろうか)。おっさんの下に走ったソフィーの下に或るものが尋ねてきたり、ジェイソンが時間を戻すとか、ボキャブラリの少ないぼくの表現で言えば極めてデヴィッド・リンチ的な怪奇的な表現が展開される。



久しぶりにアート映画を見た気分。コンテンポラリーアーティストでもあるミランダ・ジュライの本領が発揮されてる後半部分とかは面白いけれど、基本的にはソフィー以外はみんな物語の駒でしかない。全編として苦笑せざるを得ない部分が続くけれども、そういう批判はいったん横に置いて、女性がこの映画をどう評価するのか大変興味深い。映画が終わった後、観客の大半を占めていたお洒落系女子の方々に感想を聞いてみたい所をぐっと抑えて帰って着た。(ちなみにエンドロールが始まると直ぐに席を立つ人が数人居たけれど、どれも男性だったように思う。)


良くも悪くもアート映画なんだと。

キラースナイパー(原題:Killer Joe)

2013-01-21 | 授業
『映画秘宝』3月号のベストテンで高橋ヨシキさんが2012年のナンバー1に上げていたが。それにしても何てタイトルだ。何故か暗殺者関連の映画には邦題で「キラー」と付けられちゃう傾向があるような。ホント邦題付ける人は何であんな感じなんだろう。ぼくでも出来そう! 


リトルランボーズ


絵に描いたようなホワイトトラッシュ。『ウィンターズヴォーン』がリアルなホワイトトラッシュ描写なら、『キラースナイパー』(原題は『Killer Joe』なのに…どうせDVDスルーで売れないんだから『殺し屋ジョー』で良いじゃないか!何で殺し屋がスナイパーなんだよ!スナイパーはスナイプするからスナイパー!殺し屋じゃない!)はブラックコメディ的なホワイトトラッシュ描写。

主人公のクリス(『Killer Joe』ってタイトルなのに…)はドラッグディーラーだけれど、大物のドラッグを中抜きしたせいで返金を迫られ6000ドル(約58万円)を工面しようとするが、ド貧乏なのでお金が無い。実家はトレイラーハウス住まいで、父親はアル中で自他共に認める馬鹿(本当に頭が悪いという意味で)、義母は寝てるときにパンツも履いてない町で有名なヤリマンおばさん。年頃の妹のドテイは赤ん坊のころに実の母親に枕を顔に宛がわれ死にかけた影響で脳の発育に障害を負ってしまっている。

そんな時に、何故か実の母親の恋人から実の母親が多額の生命保険に入っていること、その受取人が妹のドテイであることを聞かされ、実の母親の保険金殺人を計画する。でも実の息子だから殺すのは忍びない。そんなところにまたまた母親の恋人から、昼は警官だがお金を渡せば人を殺してくれるジョーの存在を知らされる。これ幸いとばかりに、ジョーに殺人を依頼するクリス。だがジョーは前払いオンリーで、保険金受け取り後の支払いを希望するクリスはジョーに袖にされる。ところがジョーは幸か不幸かロリコンだった。ジョーは担保としてドテイを性的に要求。それをしぶしぶ受け入れてしまう屑過ぎるクリスと父親。


何処まで本気なのか、おそらく全部本気の冗談なのだろうけれど、ジョーとドテイの前戯シーンのエロいことエロいこと。後半のジョーのフライドチキンを使ったある描写はウィリアム・フォークナーの『サンクチュアリ』を髣髴とさせるような、鬼畜監督ウィリアム・フリードキンの面目躍如的な素晴らしくも最低最悪なシーンを見せ付ける。このシーンだけでも一見の価値はあるんじゃないのか。ちなみにフリードキン自身は『Killer Joe』をして、『シンデレラ』の類型と語っている。たしかに、担保として差し出されたドテイだったけれど、ジョーと居ると嬉しそうな幸せそうな顔をしている。でもそうするとラストカットは…と思ってしまう。


もっと調べたほうが良いなぁ。






まほろ駅前番外地 第2話「麗しのカラオケモデル、探します」

2013-01-19 | 授業


今回の元ネタは劇中でも触れられているけれど、「探偵ナイトスクープ」の「夢に出てくる少女に本気で恋をしてしまったおっさん」のエピソードだと思う。ちなみにこの依頼の落ちは夢の中に出てくる少女が実はおっさんの奥さんの少女時代にそっくりだったという落ちだった。


レイザーカラオケの出演女優に本気でほれてしまったおっさんが多田にその女優を探して欲しいと依頼。(しかも依頼人は奇しくも大島渚的に野坂昭如的な客にマイクで襲撃される!!)行天が「探偵スクープナイトですっていって聞いてみれば」と「探偵ナイトスクープ」のていで依頼を果たそうとする筋。途中カラオケビデオの制作会社がAV制作会社になっているとの話を受けて「『アウトレイジ』みたいだったらどうする?」とか最高。しかもガチで『アウトレイジ』という。

ナイトスクープのエピソードを下敷きにしつつ、大根監督らしく劇映画的に纏め上げていて、落ちを含めてハッピーサッドというか、幸でも不幸でも無い感じが実に上手く表現されてい(でもそうは言いつつもみんなそいういう状況を肯定的に受け入れているように思える)

『最高の離婚』は確かに面白いんだけれど、絵作りとか演出とかが悪い意味でフジテレビ的なのと比すと、きれっきれの映像。話も面白くて、絵もきれいで、芝居も良くて文句無いのですが、ただ一点、ただ一点のみ不満が。やっぱり「探偵スクープナイト」ではなくて「探偵ナイトスクープ」っていう単語を言って欲しかった。「探偵ナイトスクープ」という言葉が発せられてこそリアリティにこだわる大根監督らしい完成度になったんじゃないだろうか。本当に残念。ここだけ後々アテレコで修正してくれないだろうか。

アルゴ

2013-01-13 | 授業
『スカイフォール』の吹き替え版を観ようと思っていたのに、『アルゴ』が最終日だったので『アルゴ』を観ちゃった。そして観終わったら、『ザ・タウン』はそんなに好きじゃないのに勢い余ってブルーレイを注文しちゃった。そんな金曜日深夜。


リトルランボーズ


長年の王政の後に、イランで民主的な政権が誕生した。ところが、その民主政権はそれまで英米が独占してきたイランの石油権益から締め出した。怒った英米はCIAなどを用いて軍事クーデターを起こし、民主政権を転覆させる。その後に傀儡の王政を敷いて石油利権を再び英米に戻させた。それに留まらず、新しい王は贅沢と独裁の限りを尽くし民衆に圧制を強いた。だがあまりの圧制に絶えかねた民衆が王政をひっくり返し、王は民衆からの報復を恐れ癌の治療の為として、アメリカに亡命。石油利権の独占、政治介入、そして憎い王を匿うアメリカに対して民衆が怒り狂った末にアメリカ在イラン大使館を襲撃。大使館職員や一般人を人質に立てこもるが、その中の6人は襲撃の最中に脱出。カナダ大使の私邸にかくまわれることになった。かれらをアメリカに連れ帰るためにCIAのトム・メンデスが奇想天外な救出作戦に挑む。

やっぱり本作の肝は人質救出のために偽の映画をでっち上げるという点。救出作戦の指揮を取る国務省の面々が「自転車で国境を渡らせる」とか真顔で言っている中で、アドバイザーとして参加したメンデスはどれも無理だと却下。そんな中、別れて暮らしている息子がSFに嵌っており、息子に言われて回したチャンネルで放送されていた『最後の猿の惑星』を目にして、そのロケーションにぴんとひらめく。当時のSF映画の多くが広大な荒野での撮影を行っており、『スターウォーズ』はアフリカのチュニジアで、『猿の惑星』はアフリカのジプチで撮影されている。そこにヒントを得て、イランでの偽映画の撮影スタッフに偽装する救出作戦を立案する。


自国民をイランから脱出させるために偽映画のスタッフに偽装する。そんなもの国務省も当事者の6人も乗り気じゃない。隠れ家から一歩も外に出られないので、彼らのストレスも限界に達し、大使の家に勤めるイラン人メイドは彼らのことを疑い始めている。そんな中でメンデスは彼らの信頼を勝ち得、イランからの脱出を図る。



すごい面白い。パンチの効いた作戦。イランとアメリカ国内での作戦の舞台裏。個性豊かでありつつも、現実味のある登場人物たち。丁寧な描写と丁寧な複線。最後の最後まで息をつかせぬ展開。最後には本物の人質や大物ゲストまで。至れり尽くせりのスーパーエンターテイメント映画だと思う。けれども、どこか物足りない。

過去作の『ゴーン・ベイビー・ゴーン』も『ザ・タウン』でも感じたものをまた再び感じる。何というのか、瑕疵がなさ過ぎるというか、隙がなさ過ぎるというか、優等生過ぎるというか、遊びが足りないというか。アメリカ本国では「第2のクリント・イーストウッド」と称されているそうだけれど、明らかに後期イーストウッドだと思う。クオリティは確かに高いんだけれど、何処となく愛しづらい。整った美人よりも少し愛嬌がある女性のほうが魅力的だったりするのと同じように。