Work2016_1/10
50号(1167×910mm)と久々に大きい作品です。
書でいうところの3尺×4尺。
なんていう字? 猫? 右のは牛乳瓶?
たいていはそんな感じの言葉が届きます
けれど、文字も書いていないし、
何か具体的なイメージがあるわけでもなく。
初めてこちらのギャラリーに参加させて頂いた時、
まわりは絵画の方ばかりで、余白の多い私の作品に
なんでここを塗らないの?と
う~ん。
絵画は、背景や画面をすべて埋める仕事なのだとしたら、
書は余白を生かす仕事なのでして。
そんなこんな、居心地の悪さよりも、目から鱗、異文化交流的に、
書にはない空間、表現、思想、色使い、呼吸のようなものを
絵画の世界から学ばせて頂いています。
私の場合、何か形あるものを描くということではなく、
自分が探している「線」が、限られた空間の中で響き合い、
生き生きと、爛々と、音楽を奏でるような作品が描きたいと思っています。
まだまだ、そこに辿りつけていませんが、
お近くにお越しの機会がありましたら、お立ち寄り頂けましたらうれしいです。
17日まで~Gallery ART POINT
17日は午後から在廊予定ですが、近所をウロウロしているかもなので
どこかにメッセージ頂けましたら、戻りま~す
会場はこんな感じです。
50号(1167×910mm)と久々に大きい作品です。
書でいうところの3尺×4尺。
なんていう字? 猫? 右のは牛乳瓶?
たいていはそんな感じの言葉が届きます
けれど、文字も書いていないし、
何か具体的なイメージがあるわけでもなく。
初めてこちらのギャラリーに参加させて頂いた時、
まわりは絵画の方ばかりで、余白の多い私の作品に
なんでここを塗らないの?と
う~ん。
絵画は、背景や画面をすべて埋める仕事なのだとしたら、
書は余白を生かす仕事なのでして。
そんなこんな、居心地の悪さよりも、目から鱗、異文化交流的に、
書にはない空間、表現、思想、色使い、呼吸のようなものを
絵画の世界から学ばせて頂いています。
私の場合、何か形あるものを描くということではなく、
自分が探している「線」が、限られた空間の中で響き合い、
生き生きと、爛々と、音楽を奏でるような作品が描きたいと思っています。
まだまだ、そこに辿りつけていませんが、
お近くにお越しの機会がありましたら、お立ち寄り頂けましたらうれしいです。
17日まで~Gallery ART POINT
17日は午後から在廊予定ですが、近所をウロウロしているかもなので
どこかにメッセージ頂けましたら、戻りま~す
会場はこんな感じです。
いやいや、とんでもないです。
私は沙於里さんに、余白の重要さとセンスを思い知らされました。
私の動画に絵で協力して貰っているHiiroさんは絵画の方ですが、ドローイングとか小作品は特に余白のセンスが作品を左右します。
沙於里さんの場合は、本当に余白のセンスが素晴らしいと思います。
熱弁してしまいました。
是非是非、自信を持って頂きたいです。
私はいつも余白のセンスの無さに苦悩しております。j
自分のセンスの無さに、学ぼうと思って簡単に身につくものじゃないなあと、実感しています。
好きな世界は見えているんですが、表現するのはなかなか難しいですね。
音楽にも余白ってあるのかなと、ふと考えたりしています。
私は子供やアウトサイダー アートが大好きです。
なかなかそんな風には描けませんが。
沙於里さんのイメージの世界が進化し続けているのを感じます。
「進化」して「無」に向かっておられるのだと思います。
下の会場風景ではまた違って見えますね、壁を背にするとどういう風になるのでしょうか。
色に圧倒されない線を鍛えることを実感できる最高のお仲間たちとの出会いであったのではないでしょうか。
すっかりお返事が遅くなって申し訳ありません。
そんな・・進化といえるものはないのですが・・
大きいものを描くと、こざかしい作為よりも瞬発だなと、すっきりしました。
大好きな木簡の世界が、文字ではない表現でも体現できたらなぁと思ったりしています。
会場では、日本画の線と書の線の違いや、色と墨、それぞれの魅力を語り合えたり、良き出会いもありました。
制作し発表する機会を得られることに感謝しつつ、またがんばります
いつもありがとうございます