56
あらざらむこの世のほかの想ひ出に
いまひとたびの 逢ふこともがな (和泉式部・生没年不詳)
私はほどなく死んでしまうでしょう。
あの世への思い出にもう一度だけお逢いしとうございます。
57
めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな (紫式部・九七〇~一〇四頃)
式部が久し振りに幼馴染に会って、積もる話をしたかったのに、
瞬く間に帰ってしまった。まるで雲に隠れた月のように。
58
有馬山猪名の笹原風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする (大弐三位・九九九頃~没年未詳)
はじめの「五・七・五」は「いでそよ」に繋ぐための序詞と思われる。
「いで」は「さあ!」ということ。「そよ」は風音ではなくて、「そこが肝心な
ことです。」ということ。貴方を忘れることはできませぬ。
59
やすらはで寝なましものを小夜更けて
かたぶくまでの月を見しかな (赤染衛門・生没年未詳)
躊躇うことなく寝てしまえばよかったのに。こうして西にかたぶくまでの
月を見てしまいました。
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大江山 いく野の道の遠ければ
まだふみもみず 天の橋立 (小式部内侍 生年未詳~一〇二五)
小式部内侍は「和泉式部」の娘で「小式部」という女房名で呼ばれていたらしい。
この歌は、両親が丹後国に行っている時に、「歌合せ」があり、ある男から「お母さんがいなくても大丈夫?」とからかわれた時に歌ったもの。