阿部ブログ

日々思うこと

電子ビーム積層造形(Electron Beam Melting)と言う3Dプリンター技術

2014年12月19日 | 雑感

電子ビーム積層(Electron Beam Melting;EBM)造形法は、3次元CADデーターに基づく電子ビーム走査により、金属粉末を選択的に溶融・凝固させた層を繰り返し積層させて3次元構造体を作製する新たなネットシェイプ加工技術として期待されている。レーザービーム積層造形法と比較して、電子ビーム積層造形法では高出力の電子ビームを高速で走査することができるため、より高速な造形が可能。また、レーザービームに比べ 電子ビームは照射深さ方向にビーム幅をほとんど変えずに侵入する傾向が強いため、敷き詰めた粉末床を深さ方向に効率良く溶融させることができ、2000°Cを超える高融点材料でも高密度に造形が可能となる。更に重要な点は、真空中で造形するため、酸化および窒化の影響がなく、高品質な金属製品の造形に適している点である。電子ビーム積層造形プロセス上の特徴として、溶融前に行う予備加熱が挙げられる。このプロセスは、溶融前に金属粉末床を使用金属粉末の融点の温度域で加熱するもの。これにより、溶融・凝固後に生じる造形物内部の残留応力を消失させる効果が得られ、造形物の形状安定制御が容易に行える。このような電子ビーム積層造形法の特徴は、金型レスの金属部品加工技術としての実用可能性の他にも、新規な金属系構造部材の開発および加工プロセス技術としての可能性を示唆している。

しかしながら電子ビーム積層造形装置は、世界で唯一1社だけが製造販売している。スウェーデンのヨーテボリにあるArcam ABである。Arcam社の装置は、国内ではHTL社がその販売会社となっている。世界で稼働する電子ビーム積層装置は、アメリカ・ヨーロッパを中心として高々100台程度の設置台数である。国内にある電子ビーム積層装置は、僅かに5台。その内訳は、ナカシマメディカル株式会社2台、金属技研株式会社1台、株式会社コイワイ1台、東北大学1台(千葉研究室)である。
ナカシマメディカルは電子ビーム積層装置で、人工関節を製造している。所謂、三次元積層造形体内インプラントと言うもの。この電子ビーム積層装置で作製されるインプラントには、人工関節の他、頭蓋骨再生、歯科インプラントなどで、基本的にCADデーターと同じ形状の造形物が得られる。ただし、造形物の表面性状については造形物の形状、造形条件、粉末粒径・分布等に依存する。例えばTi–6Al–4V合金(チタン64)における表面粗度は1~20µm程度である。インプラント内に造形中に形成されうるポア、ピンホールなどの内部欠陥が力学的強度 延性の低下の原因となり、安全上問題となる事が指摘されているが今後の研究開発での改善に期待したい。既存の電子ビーム積層造形技術では、造形条件(電子ビーム強さ、走査速度、粉末積層厚、粉末粒径及び粒径分布)などを最適化することで、内部欠陥をほとんどゼロにすることが可能であるが、その場合でも非破壊的に内部欠陥の有無を検出する方法を確立することが重要である。またX線CT等による検査、中性子を用いた非破壊検査手法の確立が急務だろう。

電子ビーム積層造形前後での特性変化については、東北大学の金属材料研究所の実験によると、出発粉末と電子ビーム積層試験片の化学組成の間では、大きな組成の変化は認められなかった。これより電子ビーム積層法では出発粉末とほとんど変わらない化学組成の造形物を提供できると評価される。また電子ビーム積層法、従来法では実現不可能な晶出物を微細および均一分散した組織形態を実現できる手法として位置づけられ、このように電子ビーム積層造形は、インプラント製品応用だけではなく一般工業製品への適応に関しても高いポテンシャルがあると期待されている。但し、上述の東北大学の金属材料研究所によれば、作成されたインプラントについて考慮すべき事項として、予備加熱累積時間の違いより造形高さ方向に組織が変化することを念頭に置いた造形物の配置および造形モデルのデザインを行う必要があると指摘していることを忘れてはならない。また、従来のASTM規格のCo–Cr–Mo合金粉末、T-6Al-4V合金粉末を用いて電子ビーム積層により造形した結果、強度特性は従来の鍛造材と同等程度であることが判明している。だが現在は金属粉末の材料規格が存在しないために電子ビーム積層用の粉末規格が新たに必要である。
GE社は、自社のジェットエンジンの燃料ノズルを電子ビーム積層造形で作製しており、従来21個の部品が必要だったものが、たった1個で作製可能となっている。これは前述のArcam社の装置で造形しているが、既にGE社はArcam社の装置50台を購入済み。
電子ビーム積層は、前述の通り真空中での電子ビーム溶解のため活性な合金でも酸化せず、溶融ゾーンが深い特徴がある。また造形条件が最適化されることにより、相対密度が100%の無欠陥の造形が可能。精密鋳造品よりも高強度・高延性である。また電子ビーム積層の特徴は、金型レスの金属部品加工技術としての実用可能性の他に、新規の金属系構造部材の開発および加工プロセス技術としての可能性を示唆する。特に前述のGE社は、タービンブレードに使用される材料は通常ニッケル合金が使用されているが、レーザー焼結より10倍強力な電子ビーム銃を開発し、より成形が難しいチタンアルミ素材に挑戦しジェットエンジンの備品を製造するとしている。
チタンアルミはニッケル合金に比べると50%軽く、且つ高温での耐熱性が高い素材。チタンアルミ粉末をGEが開発した電子ビーム銃で溶融した場合、従来のレーザー焼結の4倍厚く10倍強度が強いパーツを作ることが可能。またこの電子ビーム銃では生産性も高く、72時間で8個のタービンブレードを作製できる。GE社は、ボーイングドリームライナーやボーイング747-8に搭載しているジェットエンジンGEnxや、新型のボーイング777Xに搭載されるGE9Xエンジンのタービンブレードに使用する。GE社の事例を見ると分かる通り加工プロセスを革新するポテンシャルを有する技術である事が分かる。
しかし電子ビーム積層造型法にも課題はある。特に、造形寸法精度(現在±200µm程度)と表面粗度(現在:Ra=30µm程度)の精度向上、造形速度(現在:80cc/h程度)のスピードアップ、それと造形物の大型化(現在300×300×300mm3程度)である。前述の通りArcam社だけが、電子ビーム積層造形装置を製造販売している状況であり、上記の課題の克服は同社の開発戦略の方向性に左右される。

Arcam社だけの電子ビーム積層造形市場の独占を打破しようと経済産業省主導で技術組合「次世代3D積層造形技術総合開発機構」が立ち上がりレーザー積層と共に電子ビーム金属積層造形装置の国産化プロジェクトが実施されている。国産の優れた金属積層造形装置が開発され、上記の課題を克服した優れた電子ビーム積層造形装置が国内企業から製造販売される可能性がある。但し、克服すべき技術開発のハードルは極めて高いと指摘する識者は多い。それだけ野心的な目標を掲げている証左でもある。ただ、トヨタ自動車は参加せず、パナソニック(松下電工)は参加直後に脱退している。知的財産権を自社主導で使えないと参加しても無意味との判断。

電子ビーム積層造形装置の技術開発の目標は下記の通り。
最終目標(平成30年度末)
   ・積層造形速度:500cc/h以上
   ・造形物の精度:±50μm以下
   ・最大造形サイズ:1,000mm×1,000mm×600mm
   ・装置本体の販売価格:5,000万円以下
中間目標(平成27年度末)
   ・積層造形速度:250cc/h以上
   ・造形物の精度:±100μm 以下
   ・最大造形サイズ:500×500×600㎜

レーザー焼結や樹脂系の積層造型でも同じであるが、3Dプリンターでの作製において求められる精度、及び再現性は装置メーカーのパラメーター設定に左右される事が多い。特に装置メーカー独自のアルゴリズムが介在する事からユーザー側からの要望は受け付けられない事が多い。特に樹脂系の3Dプリンターを提供するベンダーは、季節ごとに変更が必要なパラメーター設定に数百万円を要求する事があり、大型の3Dプリンター導入後の満足度を下げる大きな要因となっている。また松浦機械製作所や森精機の複合マシン以外では、造形後にマシニング等で追加工を行う必要がある為、精度、再現性についても判断がつかない。造形後の形状精度の目安として装置Arcam社のS12モデルの場合±0.4mmが望ましいとされる。造形後追加工を行わずに最終製品と使用する場合には、造形品(最終製品)の寸法が設計寸法公差内に収まることが必要である。

何れにせよGE社が電子ビーム積層造形でものづくりを始めた事は、日本企業にも影響を与えること必至だ。