Studio Fritz Nathan

スタジオ・フリッツ・ナタン
福岡市中央区平尾にある、貸しホールです。

138.タイトルが思いつかない。。

2018-05-14 07:38:52 | Blog
古典からロマン派へかけての音楽は、僕らが考えてるよりはもっと演奏の幅が広いものなんじゃないか?じゃあ、どうやって個性を出して行くか・・・?ただそのつど一期一会の気持ちと言ったら良いのか・・・
もちろんその時代の様式を逸脱するのではなく・・・う〜ん・・!? ただ単に自分の演奏に関してだけでなく、もっとシューベルト、モーツァルト、ベートーヴェン、他を、今自分が取り組んでいる楽譜について、、それらを屋外に連れ出してあげないと・・・これらはそれぞれその時代を懸命に生きた人生なんだから・・・いちいち我々個人の今現在の状況ーとか個人的な多種多様な問題に囚われずに、常に大きな事に自分は関わっている!ことを思えば自分なんてどうでも良くなる。で、、技術的な問題点は個別に日頃解消しておくべきだ〜演奏に際して全く気にしなくなるレヴェルまで押し上げとく。

136.シューベルト

2018-05-10 02:32:44 | Blog
シューベルトの中に何故かドヴォルジャークが居るーいや、、ドヴォルジャークが後だからドヴォルジャークの音楽にシューベルトの影響があるのだろうけど・・もちろんそうだろう。
   何と言うか、シューベルトの音楽は異国的なのか!?〜彼のキャラクターはウィ—ンそのものであるにもかかわらずーオーストリアは東ヨーロッパ的ではあるーけれど、「音楽」の本質的な何かには、
  「常にエスケープしたい〜現世を離れたい」ーというのが有る〜ドイツ語には「死後の世界に憧れる」というような言葉があるーシューベルトの音楽にまさにそれを感じる。別に現世にアイソをつかしてるわけではないのだけれど・・・
 20世紀半ばに皆、芸術家がアメリカに移住するのも自然な成り行きだっただろうーもちろん政治的な理由からではあるけども・・もっと内面的なでも個人的にとどまらない歴史的な成り行きが有ると思う〜常に僕らが動くー動かされるのは何を考えようといかんせん自然の成り行きーによるのだ。僕らはどこにいても常に異邦人で「環境」を求めている。でも人びとの根源に訴えるものは環境ではない。何かへの憧れ?何人であろうと・・分かんない・・・自分個人の苦悩なんか吹っ飛ぶ大きなものがあるな。。