先日、「A2-B-C」という映画の上映会に行って来ました。以前、長谷川健一さんの講演会でお世話になった方から、この映画の案内メールをいただき、私も当日の休みを利用して参加して来たのです。
この映画は、イアン・トーマス・アッシュという在日米国人の監督が、原発事故以降の福島の子どもたちの姿を捉えたドキュメンタリーです。映画のタイトルも、事故後に福島で続発する甲状腺異常の判定レベル「A1、A2、B、C」から取られました。(注1)
(注1)一次検査の判定レベル(福島県のHPより)
A判定
(A1) 結節又はのう胞を認めなかったもの。
(A2) 結節(5.0mm以下)又はのう胞(20.0mm以下)を認めたもの。
B判定 結節(5.1mm以上)又はのう胞(20.1mm以上)を認めたもの。
なお、A2の判定内容であっても、甲状腺の状態等から二次検査を要すると判断した場合は、B判定としている。
C判定 甲状腺の状態等から判断して、直ちに二次検査を要するもの。
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/71417.pdf
通常、子どもが甲状腺がんになるのは100万人に1~2人です。それが事故後の福島県では、約36万人に50~89人の割合で存在しています。100万人当たりでは140~250人と、通常の100倍以上もの高い確率で甲状腺がんになる子どもが増えています。
最初は何ら異常が見られなかった子どもたちの中から、小さなしこりや腫瘍(しゅよう)が徐々に見つかり、それが5ミリ以上の結節や20ミリ以上の嚢胞(のうほう=水ぶくれ)に成長し、やがて二次検査を受けなければならなくなる。そういう子どもがどんどん増えて行っているのです。
他府県では、その存在すらほとんどの人が知らない、これらの判定基準が、福島では住民の日常会話の中に頻繁に登場します。今や福島では、時候の挨拶(あいさつ)代わりに、「今日はA2だった」とか「誰それはBだった」という会話が交わされるまでになってしまったのです。(注2)
(注2)甲状腺がん、疑い含め104人 福島の子供30万人調査(8月24日付朝日新聞)
東京電力福島第一原発事故の被曝(ひばく)による子どもの甲状腺への影響を調べている福島県の検査で、受診した約30万人のうち104人が甲状腺がんやその疑いと判定されたことがわかった。県は「被曝の影響とは考えにくい」としている。この結果は24日に公表される。
甲状腺検査は事故当時18歳以下だった県民を対象に実施。県内全域を一巡した今年6月30日現在の結果(暫定値)がまとめられた。
甲状腺がんやその疑いとされた104人のうち、がんと確定したのは57人、良性が1人だった。104人の事故当時の平均年齢は14・8歳で、男性36人、女性68人。腫瘍(しゅよう)の大きさは約5~41ミリで平均14ミリ。(以下略)
http://www.asahi.com/articles/ASG8R6SN3G8RULBJ00B.html
上記の記事では前述の記述よりも若干低い判定結果となっていますが、それでも他県とは比べ物にならないほど高い数値である事は間違いないでしょう。
上映会は、8月31日の15時と18時からの二部構成で、以前長谷川さんのお話を聞かせていただいた西成の福祉施設からもほど近い、難波屋という居酒屋でありました。この難波屋は、刺身でも300円位から食べられるほど値段が安い事で有名です。そして、各種の音楽イベントや講演会・展示会を開催できるライブハウスも併設している事でも有名なお店です。私はそこで、15時からの第一部に参加させてもらいました。
映画『A2-B-C』予告編
映画の冒頭で、御用学者と思しき人物が「絶対に安全だとは言えない」と言う場面がまず出てきます。「国は立ち入り制限を次々解除し、住民の帰還を進めようとしているが、本当に安全なのか?」と問いただす監督に対して、「あくまでも確率論でしか言えない」、つまり「100人中×人しか癌(がん)にはならない」としか言えない、「その×人の中にあなたが入らないとは絶対に言えない」と。この御用学者の無責任な態度への怒りから、映画「A2-B-C」が生まれる事になりました。映画ではこの後、住民や除染業者の発言が淡々と紹介されていきます。
放射線量を測定するガラスバッジ(簡易線量計)をランドセルにぶら下げながら登校する低学年の子ども達。「これ何ぁ~に?」と聞く監督に、「グァラスバッジッ、ほうしゃのうをはかるやつ」と片言で答える子どもの姿が、痛々しくて見ていられませんでした。「本当はこんなチャチな線量計では正確な測定なぞ出来ない、こんな物はほんの気休めでしかない、でも、こんな物でも無いよりはマシだから持たせているのだ」と嘆く親。
住民検診での放射線測定でも、「汚れた衣服で来ないように、新品の服を着て来るように」と指示され、「一体何の為の検診か?在りのままの状態で測らなくてどうする!」と嘆く親。
学校での監督と教頭先生との押し問答。「許可を取らない取材には応じられない」との教頭の発言に、「子どもの命と許可云々の一体どちらが大事なのか?」と迫る監督。
学校の校庭の横に張られた黄と黒の虎ロープと立ち入り禁止表示を前に、「子どもをこんな学校にやっていて良いのか」と自問する母親。その母親は、先生からは「塀の中の校内については除染が終わっているので一応は安全だ」と聞かされています。しかし、塀の外で放射線量を測ると、線量計のアラームが鳴り針がどんどん上昇して行きます。直ぐに時間当たりの線量が10マイクロシーベルトを突破してしまいました。ちなみに、安全の目安は1時間当たり0.23マイクロシーベルトだそうです。これが福島の現実です。
そもそも除染なんて意味があるのかという問題があります。いくら除染して土を移し替えてその場の放射線量を一時的に抑えても、自分の敷地の放射性物質をよその土地に押しやっているだけで、地域全体の放射線量は全然減りません。やがて雨が降って放射性物質が海に流れ出ても、海の水が蒸発して再び山に雨が降れば同じ事です。これでは汚染を拡散・濃縮しているだけではないですか。その除染も、濡れタオルで屋根瓦や雨どいを拭き取り、住宅地や農地の表土を入れ替えるだけで、肝心の山林については、そこまでやっていたらキリがないと手つかずのまま放置されています。「現在、26歳の未婚です。結婚したらこんな仕事やっていられません」という若い除染作業員の発言や、「地域ぐるみの隠蔽だ」と憤る地元市議の発言がそれに続きます。
また、放射線量を測定するモニタリングポストの周辺だけ念入りに除染して、ポスト周辺の数値だけ下げて安全・収束宣言しようとする行政の醜い姿勢も、映画は克明に捉えています。実際は、そのポストから数歩離れるだけで、線量がどんどん上昇して行くのに。国も県も市町村も見て見ぬふり。その中で、最初は「福島の真実を是非世界の人々にも紹介して下さい」とマスコミに言っていた人も、やがて「もうそんな事をいつまでも言っていないで、国が安全だというのだからもう放っておいてくれ」と変わっていくのです。そしてマスコミも、これを福島だけの問題にしてしまい、実際は関東地方なども広範囲に汚染されている事は絶対に言わないのです。現に監督の元にも、「報道ステーション」の古舘伊知郎自ら取材にやって来ましたが、最終的に上層部から圧力がかかり、この事実は遂に放送されませんでした。
そして、除染で出たごみをどこに保管するのかという問題もあります。最終処分の場所や方法が定まらないまま、とりあえず黒いフレコンバッグに袋詰めにされ、地域に野ざらしにされる土やゴミの山。地元ではこのフレコンバッグの山を「黒いピラミッド」と呼んでいるそうです。フレコンバッグの耐用年数は僅か数年。既に震災・原発事故から3年が経過する中で、破れた袋から中の汚染物がはみ出て流れ出している所があちこちにあります。このままでは「中間処分場」がそのまま最終処分場になってしまうのが明白なのに、「最後は金目でしょ」とうそぶく環境大臣に、それを見て見ぬふりする有権者。
その中で孤立させられる福島からの避難民。子どもの命を救いたい一心で、行政からの補助もなく自分の金で見知らぬ土地に引っ越しただけなのに、「国や県が大丈夫だと言っているのに、自分たちだけ勝手に故郷を捨てやがって」と、不当なバッシングを加えられる人達。しかし、その後ろには、同じ様に避難を望みながら、周囲からの非難を恐れ、声も上げられない人達も大勢います。それらの声を一つ一つ丹念に集めたのがこの映画です。
この映画を差して、風評被害をあおり福島差別を助長するものだと非難する人々がいます。私は逆にその人達に問いたい。立ち入り禁止の虎ロープと隣り合わせで生活させられ、モニタリングポスト周辺の除染にばかり力を入れる行政の姿勢を目の当たりにし、放射線測定の検診でも「新品の服を着て来い」と言われる中で、住民が不安に思うのはむしろ当然ではないでしょうか。逆に平気でいられる方が不思議です。
しかし、それは住民が悪いからでしょうか?住民の不安に向き合い、真摯(しんし)に応える事をせず、その不安を無理やり抑えつけようとする国や県の責任ではないでしょうか。その事実を伝えて、一体何が悪いのでしょうか。
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この映画上映の後、参加者で簡単な交流会が持たれました。会場には福島から避難してきた人も大勢おられました。皆さんが口々に仰っていた事が一つあります。それは、「何故、この映画がもっと早く国内で上映されなかったのか?」「何故、日本人の監督の手で作られなかったのか?」という事です。実際、この映画は、外国でヒットするようになってから始めて、ようやく日本でも中小の映画館で上映されるようになりました。何故、国内で今まで上映できなかったのか。「弱い者虐めは得意だが、強い者やお上に対しては何も言えない」「他人の目ばかり気にして本質的な事には目が行かない」という、日本人のある種の弱さが災いしているように思えてなりません。
これ、福島だけの問題ではないでしょう!私たちの職場でも、「強い者やお上には何も言えない」奴隷根性や、「体面ばかり取り繕い、臭いものに蓋や、見て見ぬふり」といった事例には事欠かないではないですか。労働者の安全や職場環境の改善なぞ二の次で、「カートの取り扱い」や「モギリのカスを残さない」事ばかり気にする、うちの会社の体質なぞ、正にその典型でしょう。そんな皆の中にある弱さが、福島の様な事例を他にも一杯生み出しているのではないでしょうか。
表向きは、やれ「人の絆」がどうの「愛は地球を救う」のと言いながら、裏では「被災者はゴネ得」「賠償金せしめて昼間から酒びたり、パチンコ三昧(ざんまい)」という様な心無い落書きを仮設住宅の壁に書き殴ったり。表向きは「福島産を食べて応援」とか言いながら、裏では二束三文で買い叩き他県産のラベルに張り替えて高値で売ったり。自分は「放射能は怖い」と言いながら、「電気料金が上がるのも嫌なので原発再稼働には賛成」したり。
それで、農家の人と消費者、福島から避難してきた人と故郷への帰還を望む人、脱原発派と再稼働賛成派というように、同じ原発事故の被害者同士が対立させられた挙句に、「もう仕方ないわ」で諦めさせられてしまうのです。
この点について、アイリーン・美緒子・スミスという人が興味深い事を言っています。夫の米国人写真家ユージン・スミスと共に、長年に渡り水俣病問題を取り上げてきた人です。その人が、「かつて水俣で行われた事が福島でも行われている」として、それを「水俣と福島に共通する10の手口」にまとめています。
1、誰も責任を取らない/縦割り組織を利用する
2、被害者や世論を混乱させ、「賛否両論」に持ち込む
3、被害者同士を対立させる
4、データを取らない/証拠を残さない
5、ひたすら時間稼ぎをする
6、被害を過小評価するような調査をする
7、被害者を疲弊させ、あきらめさせる
8、認定制度を作り、被害者数を絞り込む
9、海外に情報を発信しない
10、御用学者を呼び、国際会議を開く
今の国民を見ると、見事にこの手口に絡み取られてしまっている事が分かります。そうして、原発を推進してきた政府や、原発でボロ儲けしてきた電力企業には、何の刑事責任も取らせないまま、そんな安倍内閣や自民党政府を今でも何となく支持し、あるいは棄権という形で黙認し、お墨付きをあたえているではないですか。
思えば、昔からこの国はずっとそうでした。例えば広島・長崎の原爆被爆者。水俣病や四日市ぜんそくの公害患者。国によって差別され隔離・収容されてきたハンセン病患者。戦時中はセックスの奴隷にされた上に、戦後はその事実もひた隠しにされ、今でも売春婦と罵(ののし)られ続ける従軍慰安婦。本土の安定と引き換えに、今でも米軍の墜落事故や基地犯罪に苦しめられている沖縄県民、等々・・・・。それらの被害者同士が、原爆症・公害病の認定や、基地政策を巡って対立させられ続けてきた裏で、国は長年に渡り責任を取らないで来たし、渋々取らされるようになっても出来るだけ補償額を減らそうとして来た。それがこの国の歴史でした。
それらの事柄が頭の中に次から次へと思い浮かんでくる私でしたが、そんな上映後の交流会の中で、ある在日韓国人の方の発言に非常に勇気づけられました。この在日の方の祖先(在日一世)も、日本の植民地時代に土地を日本人に取り上げられ、朝鮮半島では食べていく事が出来なくなって、祖国を見捨てて日本にやって来たのです。「だからこそ、生き延びる為に福島を見捨てざるを得なかった避難民の方の気持ちがよく分かる」と仰っていました。「避難民はゴネ得」なぞという差別感情を持つ日本人と比べたら、この在日韓国人の人の方が、よっぽど福島や日本への愛着を持っているのではないでしょうか。要は「いかに自分の事として捉えられるか」という事に尽きるのではないかと思います。
デング熱で大騒ぎするより福島の放射能汚染を何とかする方が先だろう。デング熱も確かに軽視はできないが、こちらはまだ対処さえきちんとすれば予防も治療も可能だ。しかし、被曝してしまったら最後、人間の身体も周囲の環境も再生不能になってしまうのだよ。どちらが恐ろしいか誰でも分かるだろう。
— プレカリアート (@afghan_iraq_nk1) 2014, 9月 2
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