株の入門書を勧められて読んだ。漫画で読みやすかったが、株を買う金のない人には縁のない話である。それでも、円安の恩恵に浴するのは自動車などの輸出産業だけで、原材料を輸入・加工・販売する小売業には物価高などの悪影響しかなく、それを推進したアベノミクスが如何に酷い物だったか良く分かった。
この入門書は円高の場合を例に説明がされているので、逆に今の円安の場合に引き直して考えてみる。円安で円の価値が下がった。今まで1ドル100円で買えた輸入品が110円出さなければ買えなくなった。輸入品の大半はスーパーで売っている油や食料品の原材料だ。逆に自動車などの輸出品は、海外で今まで1ドルで100円分しか買えなかった物が110円分も買える様になるので売れ行き好調となる。輸出大企業だけが潤い庶民には物価高。
これも全て円安を煽ったアベノミクスのせいだ。アベノミクスが持ち上げられた頃は「アルバイトの時給が上がったのもアベノミクスのお陰」と言われたが、実際は少子化による労働力不足のせいだった。その労働力不足も結婚も出来ない低賃金によるもので、「善政の成果」とは真逆の代物だった。
「アベノミクスで最低賃金が上がった、時給が千円を超えた」と言っても、時給千円×1日8時間労働×週5日、月22日出勤で月収17万6千円。年収わずか211万円余りにしかならない。そんな年収で「憲法で保障された健康で文化的な最低限度の生活」なぞ送れる訳がない。他の先進国が既に時給1500円を超えようとしている時に、いまだに時給千円しかもらえず。それも東京や大阪の大都市部だけで、地方ではいまだに時給800円台や900円台の低い時給に据え置かれたまま。
だから岸田政権も最初は「新しい資本主義でアベノミクスの弊害を是正する」と言わなければならなかったのだ。しかし実際は「是正どころかアベノクスの後追い」に終わってしまった。当時あれだけアベノミクスを持ち上げたネトウヨが、今になってダンマリを決め込んでしまっているのが滑稽で哀れだ。
かく言う私も、かつて生協に正規雇用で勤めていた時は、毎月の給与やボーナスから数万~数十万円、実家に入れていました。それをお袋が信託銀行に預けていたので、私名義の預金がそこそこあります。その定期預金が満期になったので、「もう無利息同然の預金は一旦解約して、株式投資に回さないか」と兄貴が提案しているのです。漫画の入門書も、その時に兄貴から借りたものです。
その後、私は生協をリストラされて非正規雇用になり、親父とも喧嘩分かれして実家を出ました。でも、そのお袋が預けた金は元々私の金ですから、もらう権利は私にあります。
でも、私は株式投資には余り関心はありません。金に振り回されるのが嫌なのです。そりゃあ私も金儲けはしたいです。でも、今でも普通に働いたらそこそこ食って行けて、たとえリタイアしても最悪、生活保護に頼れば最低限の生活は出来るのに、何故そこまで金儲けにあくせくしなければならないのか?そんな事で自分の自由が束縛されるのが嫌なのです。
また、そういう「金儲けだけが全て」「勝ち組以外は生きている価値なし」という新自由主義的な発想自体が嫌いです。地位や権力、財産の有無に関わらず、どんな人間にも基本的人権があります。なのに入った生協は、「国民生活と平和・民主主義を守る」と言いながら、職場運営はトップダウンの軍隊式管理。今の非正規の職場の方がはるかに「人間的」です。
今は私はしがない非正規労働者で、経営者には頭が上がりませんが、これが株主になれば、たとえ一株株主でも株主総会に出て意見を言う事が出来ます。これを機にブラック企業をホワイト企業に変える事が出来るかも知れません。また、JRや大手私鉄の株だけでなく、ローカル私鉄の株を買う事で、赤字でも頑張っている鉄道会社を応援する事も出来るはずです。
でも、今の弱肉強食の資本主義の仕組みの中では、中小企業や、ましてや配当も出せないような会社には誰も投資なぞしません。損得勘定だけで相手を値踏みし、平気で切り捨てる、そういう考え方自体が嫌なのです。
私は別に怠けている訳ではありません。普通に働いていたら、別に投資なぞしなくても、普通に生きていける。そんな世の中にする事こそが、私の生きがいです。その「生きがい」と比べたら、投資なぞ、残りの人生を賭けるに値するものだとは、とても思えません。
今、投資を煽っているのはどういう人たちか?麻生太郎や日銀総裁の黒田などです。それらの人たちは、いくらチャートの見方を知っていても、スーパーに並んでいるカップラーメンや白菜の値段を知りません。「別にそんなもの知らなくても経済は回せる?」と思う人もいるでしょうが、私はそうは思いません。カップラーメンや白菜の小売り価格を知らない人に、物価高に苦しむ庶民の気持ちが分かるはずがありません。私は、そんな「人でなし」にはなりたくありません。