エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

不思議を感じる心、最終回 風を感じて

2015-03-28 08:45:17 | 間奏曲

 

 不思議を感じる心は永遠です。

 The Sense of Wonder 『不思議を感じる心』から p106の下から3行目から。

 

 

 

 

 

 自然と触れ合うことの限りない悦びは、科学者のためにあるんじゃなくて、大地、海、空、それからその不思議な生命から吹く風を感じる人なら、誰にでも味わえるものなんですね。

 

 

 

 

 私も、そういう風を感じて生きていきたいですね。

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安物の世俗

2015-03-28 08:26:04 | アイデンティティの根源

 

 ルターは、ドイツ神秘主義に心惹かれながらも、ドイツ神秘主義に与しませんでした。何故でしょうか?

 Young Man Luther 『青年ルター』p189の下から2行目から。

 

 

 

 

 

 モノをモノと見て、イデアをイデアと見る見方に基づいて、自分を確かにする道に対する一番共通した感じは、主としてオッカムによって確立されました。オッカムの影響で、「実在論(リアリズム)」という言葉の意味が、「ありのままの物事」という意味に代わりました。オッカム主義が熱心に理念化されたのは、信頼の王国が、あまりにも具体的に、あまりにも人間的に陥りがちになった時でした。神は高利貸、法律家、警察署長のような考えの存在になっちゃうわ、聖なる家族は、とっても遠い存在の父なる神に近づくのじゃなくて、取引をしているおじさん、おばさんになっちゃうわです。

 

 

 

 

 

 実在論はこうして、安物の世俗を用意しました。

 

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小学生と安倍政権 子どもに不信を植え付けています。改訂版

2015-03-28 02:17:11 | エリクソンの発達臨床心理

 

 そして、小学生のことを考えることが、今私どもは、どのような社会に暮らしているのか? を考える上で、一番大事な点かもわかりません。

 私どもは、どんな社会で暮らしているのでしょうか?

 いまは春休みに入っているので、子どもたちと学校で会えていませんが(近所ではよく合う)、また、学校が始まれば、子どもたちを支援する仕事が再開します。このブログでも、繰り返し申し上げているように、今の小学生は、愛着障害だらけ。親が教員が、子どもに信頼をプレゼントできていないからです。親も教員も忙しくて、余裕を失っている場合がほとんどだらがです。

 じゃぁ、親や教員がダメなのでしょうか?

 「YES」と「NO」の両方ですね。

 まず、「NO」から。

 親は、その多くが労働者。長時間労働とサービス残業が、日本では当たり前。北欧のように、一日7時間労働で、原則残業もない、通勤も30分以内が多いのとは、大違い。しかも、北欧では、失業保険が、所得の8割~9割、エンドレスで貰えるのと、どうしてこんなに違うのか。また、オランダのような「同一労働同一賃金」でもない。つまり、非常勤では、年金も保険も自腹ですから、正規雇用の人と社会的・制度上の差別がある。しかも、今や働く者の、3人に1人の労働者が非常勤でしょ。ボーナスはもちろん、有給休暇もないまま、サービス残業に明け暮れているのが、今の日本では「当たり前」になっています。もちろん、先ほど、北欧やオランダの労働環境について申し上げましたが、グローバル・スタンダードから言えば、「奴隷並みの非人間的な状況」です。「過労死」は、英語では、killed in overworkとは言いません。「karoshi(カローシ)」と言うくらいです。異常な状態です。首都圏ですと、一時間半くらいかけて通勤していることもざらでしょう。7時前に家を出て、帰りは10時過ぎ、ということもさほど珍しいことじゃない。そうすると、子どもと接する時間が物理的にない、ということです。日本の労働政策が貧困だからです。安倍政権は、その上、「残業代は払いません」「金さえ払えば、いつでもクビ」ということを制度化しようとしてますでしょ。ヒットラーでも、そこまでやんないでしょ。子どもに、日本の労働政策の貧困が、しわ寄せされているんですね。特にバブル崩壊以降の、「空白の20年」(http://members3.jcom.home.ne.jp/okikeiji/11blanktime.html を参照くださ)

の間、労働条件が悪化したんです。長時間働いても、賃金は下降する、ということです。ですから、子どもは、大人から「相手にされない」。ですから、子どもが「愛着障害」になり、人間にとっても、最も大切な「信頼」をプレゼントされずじまいになっちゃってる。教員も長時間労働、サービス残業が当たり前。でも、親や教員が悪いのじゃぁない。

 「YES」のところ。

 親や教員が悪いところもある。それは「声を上げないこと」。パレーシアじゃないってこと。アンパンマンじゃないけれども、「損は覚悟で、本当のことをハッキリ言う」ということがない。だから、人権を踏みにじることを平気でやりながら、美辞麗句(やれ、「女性が輝く社会」【実際は、何百万の女性が貧困に喘いでいる)《今度の月火の、クローズアップ現代が楽しみ》、やれ「積極的平和主義」(実際は、戦争で人殺しをすることになる)】と情報操作でゴマ化されてんですね。ゴマカシに積極的に加担しているところもあるので、親や教員が悪いところもある。

 ともかく、子どもの事を考えると、子どもに不信を植え付けている社会に、私どもが暮らしていることがハッキリ分かります。

 

 

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