あのルターでさえ、根源的信頼感が脆かった。なんか逆に安心しますね。
Young Man Luther 『青年ルター』p202の最終行の途中から。
フォーゲルザンクは続けて言います。「ルターは直ちに『憐れんでください、主よ』(ここの手書きは、とっても興奮していますし、混乱もしています。ルターはここに何度も下線を引いています)に進み、そして、『詩篇』第6篇(キング・ジェームス版では第7編)の言葉の中で、Ex intuitu irae die(あなたの怒りによって【関根正雄訳】)の中で、震えた良心で、お祈りします。「詩篇」第31篇(15節)の聖句、「in te speravi Domine」(「しかしわたしは、ヤハウェよ、あなたにより頼み」【関根正雄訳】)の聖句におかけで、試練から呼び覚まされそうな時でも、この議論が歪められて、「詩篇」第6篇の聖句(Ex intuitu irae die(あなたの怒りによって【関根正雄訳】))に絶対に戻ってしまうのでした」と。
ルターの絶望の深さと、その深い絶望に陥った時の人の心の動きを、エリクソンがルターを手がかりに見事に描いているところでしょ。自分を絶望させる言葉から、眼が離れなくなっている状態ですね。
これは、昔話ではありませんよね。現在進行形で、原発事故並みに、全国津々浦々にまで、広まっている現実ですよ。
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