あげちうのブロマガ

理想を目指すという愚行の帰結

何かの到達点、と言えば、そう。

「ドラクエの様なゲームを創りたい」一人で、それは。今は間違いなく出来る。

 

私的な環境では、適当な性能のパソコンを用意し、「RPGツクールMZ」を購入し、BGMなどのコンバーターを手に入れ、後は、想像するイメージをラフスケッチ出来れば?AIが実用レベルで描いてくれる訳だ。ゲームに拘らなければ、パソコンさえあれば動画レベルは素材から何から全て無料という、昔なら考えられない環境でそれらは用意できる状況。ただ逆に、ここまで来ても今も、それは明言できない。

売れますか?

クオリティの問題は全てクリアした、と言って良い。誰でもだ、一人でも、要求した実用レベル、その技術は手に入る状況、なのに。昔の理解ならこのクオリティを盛り込めれば売れない事はない!筈だったのだが。それは今も、明言できない状況が続いている、むしろない。自分のそれは特異な立場かもしれない、「価値」を計る存在が、自分しかいない。

もちろん支払いも、だ。

理想世界と言えばそう、だ。昔自分が作った「美鶴さんの長い妄想」この位を、自分のモノとして、全ての人々が”自力で”用意出来る、訳だ努力次第で。しかしそこで思う、「じゃあ他の人の作品って、買う必要無くない?」それはあなたの求めた理想の世界か?ではある。自分が創り出した100万円を、しかし他の人も自分で創れるのだ。そしてその時、自分にとって一番欲しいのは自分が作ったそれであり、他の人のそれではない。

自分の状況は、だろうか。つまりかつて気分を高揚させた「他の人々が作ったゲームを買いに行く」それは今、意味がない訳だ、自分が欲しいモノは、自分で創ればいいのだから。

店に売っているゲーム、これは、何の意味が有るのだろう?

AIイラストにしろ、ツクールシリーズにしろ。作ってしまった人々は、その辺に疑問は持たなかったのか?は、少し思う。ただ逆に、創らない限りは解らなかった事、だったのかもしれない。誰でも出来る様になれば格差は無くなるが、逆に価値も無くなる訳だ、そこに有った「お金」は、不意にその時消えてしまっている。表現では「愚者」と言う言葉は不意に出るが、それを止められない、という事には疑問もまあ、ある。

ハリウッドの方では、AIによる映像その他が役者その他の仕事を奪うと、ストライキまで起こっている、という話で。

今の状況で、「こういう物を作ってほしい」に、AIによる作画で、というのは…微妙に無い。自分の作品としても、唯一か?の懸念、「絵のクオリティに不足が有る」それは今、補われたと言っても、だ。レトロブームでもある、”求めている”のは、少し前かの「名作」みたいな奴、だ。本当かの意味での「理想世界」は、やっぱり自分に仕事がある、要求される事がある、そう言う世界、ではある。その時、「作者以外は要りません」そんな世界に、人は希望を持つか否か?ではある。

AIに、「仕事」をして貰った後、の話ではある。そこには或いは、「対価」の要求が有るのだろうか。

”彼ら”の願いとは、何か。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「日記」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事