『歩く江戸の旅人たちーースポーツ史から見た「お伊勢参り」』谷釜尋徳(晃洋書房)
江戸時代にお伊勢参りをするには、田中陽希さんのように延々歩いていくほかない。想像すると気が遠くなるのだが、意外にも庶民は一生に一度はお伊勢参りと、チャンスあらば行きたいと願っていたようだ。
そんな念願かなって旅した江戸時代の記録が多数残っていて、そこからどのような旅をしていたのかを調べたのがこの本。そもそも街道がきちんと整備されていなければ、旅など論外なのだが、徳川治世で参勤交代などもあったおかげで交通の便はよくなり、宿場町が発展し、庶民も泊まれるようになった。
この本では、旅のルートや履物や持ち物などの身支度、費用、当時の日本人の歩き方など興味深い話が詰まっている。
まずルートは、お伊勢参りといいつつ、富士山に登ったり、京都まで足を延ばしたりということが間々あったようだ。一生に一度の旅行だからなるべく欲張っての旅程だ。ただ欲張った分、歩行距離も伸びる。平均して2000Km以上は歩いているが、東北からの長丁場となると、3000Kmを優に超える。その距離を2~3か月かけて移動していく。1日平均30Km強の歩行で、雨が降ったり、川が増水して渡れなければ停滞するから、かなりハードだ。1日最長で60~70Kmくらい歩いていることもあるから驚かされる。
面白いのは、旅の記録に時間が出てくることだ。当時は日時計を携行していたようだが、日が照っていなければ、使うことはできない。各宿場町では、鐘を鳴らして時刻を伝えるのが常で、その鐘の音を聞いて、明け六つ(日の出頃)だ、暮れ六つ(日没頃)だと認識していたようだ。
お金はどうしたかといえば、大店(おおだな)の若旦那は別として、庶民は講を編成して寄付を集め、代表者たちが旅をしてお参りし、講の参加者全員分のご利益を受けてくるとしていたようだ。一例として紹介されていたのは、旅籠代や食費、交通費(川の渡し賃、籠代)などすべてひっくるめて、旅費は35,771文。磯田道史先生によれば、現代感覚で銭6300文(金1両)≒約30万円(現代感覚でざっくり)だから約170万円となる。なんとか工面できそうな額ではある。