読書の森

ツツジ咲く街 最終章



多美は夕暮れの道頓堀の雑踏の中で京太を見たと思った。
高い背を心持ち丸める癖、あれは京太に違いない。

彼女その背中を見つめ続けた。
振り返った男の顔は夫だった。
見慣れた史哉の身体付きがなぜ京太と錯覚させたのか。
多美にとって史哉の存在がどれほど強いものか、その時実感した。

史哉は人前も気にせず、多美を抱き寄せた。
「お前が言う通りにしてくれたお陰でずっと跡をつける事が出来た」
史哉がお前と多美を呼んだのも、そんな強引さを直接見せたのも初めての事だった。

「お前を離したくなかったんだ。だから優等生の夫を演じ過ぎたようだね」

「お上品で適当な教養ってあれは?」
「僕は一目見て好きになった。ただその気持ちを素直に出さなかっただけだ」

気がつくと史哉は無精髭を生やしてた。ネクタイも少し曲がっている。
おしゃれで体裁屋の史哉が初めて見せた顔が、多美の胸を熱くした。

この人はこの世界で一番自分を必要としている人だ。
多美は史哉の胸に顔を寄せた。
「許してください、あなた。わがままだった。本当に勝手だった、私」
多美は小さく史哉の胸の中に向かって言った。



相変わらず多美は新横浜で何事も無かったような暮らしをている。
校正の仕事を細々と続けながら、物理の勉強を休日にしている。
教師は夫である。

大阪で暮らす杏子から週に一回メールが来る。
お好み焼き屋の手伝いをしながら、業界紙にエッセイを載せているという。
最近、彼女のファンのおっさんからプロポーズされたとか、まとまれば目出度い事である。

どこの街でも、ツツジは春の盛りに花をつける。
それでも、自分の住む街で咲くツツジは格別なのだ。
そう思う事で、街を愛して暮らせるのかも知れない。

読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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