応仁の乱についてブログで何回も触れてます。
私がこの時代に大変興味があるからですが、もう一つ歴史学者の捉え方が人によって全く違う事に気づいたからです。
学生時代はただ年号と事象を覚えただけの歴史だったのが、今現在に生きる為にどれほど意味のあるものか、漸く分かってきたのです。
例えば、中国で教える太平洋戦争の時代と、日本で教える同時代は、全く別の史観に基づいてます。
戦前の日本の歴史教育と戦後のそれとは全く違っている事はご承知の通りです。
更に言えば、戦後間もない日本史の教科書の中身と現代のそれも異なります。
歴史学者も時代に即した方がマスコミに登場している様です。
とここまで書いて、かなり危ない思想の持ち主では無いかと思われはしないか(ややこしい言い方でごめんなさい)怖くなってきました。
どうか、かなり遅れてやっと歴史に興味しんしんとなった婆さんの発言と見做して、見逃して下さいませ^_^
具体的に言えば、この応仁の乱の見方で歴史を観る目が全く違ってくるのです。
「最下級の者があらゆる古来の秩序を破壊する」下克上の時代と意味付ける歴史学者がいます。
一方、この見方は過剰過ぎて、応仁の乱の中でも貴族や僧侶はしぶとく生き延び、大多数の民衆にとって戦乱は災厄でしかなかった、と言い切る学者もいます。
著者は後者で、多様な資料を基に「人々の生活のあり方という具体的レベルから議論を展開していきたい」と断っています。
実にスッキリした説明で、「目から鱗」の感がありました。
とはいえ、今の自分にとって相当難解な内容で完読出来るか、怪しいです。
読書に疲れて、一休み、キツネうどんを作りました。
お揚げさんを甘辛く炊いたうどんは結構食べでがありました。
閑話休題、応仁の乱の真っ只中で、疫病が大流行して可哀想な庶民がバッタバッタと亡くなったそうです。
赤痢と疱瘡で、これは施政者にも害が及んで、戦争の早期終結の必要性を痛感したそうです。
今の時代を平安な時代と捉えている人は殆どいないと思います。
いつまでも当たり前の幸せが続く事がない事、当たり前の幸せの貴重さを嫌と言うほど味わってます。
2016年に出版されたこの本は、先を予見するかの様な後書きで締め括られてます。
「コミュニケーション不足やタイミングのずれによって、終戦工作は失敗を重ね、戦争は無意味に続いた」
「’損切り’に踏み切れなかった彼らの姿勢は現代の私たちにとっても教訓になるだろう」
これは庶民にとっては無意味な応仁の乱について述べた言葉です。
著者は頭の良い方だなぁと感心致しました。
^_^又怖くなりましたが、これって残り少ない時間しか無い婆の見方ですからね。
許されて!