ただ、勝手ながらこのblog 削除したのは、知人の中で主人公の父親そっくりと思われる方がいた(?)為です。
変に気を使ってしまったのですね。
我ながら惜しい事したと思ってます。
お許しください🙏
世の中にいわゆる「有用の人」はそれほど数多く存在しないのではないでしょうか。
「自分は無用だ」と思っている多くの人によって世の中は成り立っていると私は考えてます。
「あなたってダメね。会社でも居ても居なくて同じじゃない」と妻子に言われる男性。
社会の歯車に過ぎない、自分は「無用である」と考えてる昔のお父さんは結構多いのではないかと。
ただしこの小さな無用に見える歯車によって社会は成り立っているのではないでしょうか?
男子女子平等な世の中になっても、実は輝ける人の数は限られているのではないでしょうか?
逆にみんながみんな輝いてしまったら、最終的に誰が無用と見える(実は欠かす事の出来ない)ルーティンワークを処理するのでしょう?そしてギンギラギラの世の中は息する余裕も無いと思えてしまいます。
それがAIがルーティンワークを処理する便利な世の中だとすればご遠慮申し上げたいです。
AIの能力の限界を言うより、人それぞれ能力に差がある事が無理の無い世界を作ると思うからです。
この些かガッカリする意見を書評に加筆しようとblogを開き、ちょっと弄り出したところ、何の因果(?)か『無用の人』は消えてしまいました。
尚更とてもガッカリ致しました。
世の中に「無用の人」など居なくて皆有用だと考えたいけど、自分は「無用」じゃないかと悩む事はあるでしょうね。
そんな古い男女の方が癒される小説だったかなと思います。
原田マハさんがある覚悟を持って、美術を愛する父親と娘の心の通い合いを描いたしみじみとした物語だとも思います。
ちなみに原田マハさんのお兄さんが作家の原田宗典でこの方失礼ながら「無用の人」(癒し系)みたいです。
お気が向いたら原作をお読みくださいね^_^