今日、若い子供ずれのご夫婦のお客様がいらっしゃいました。 ご夫婦は30代くらい、3歳の男の子とベビーカーにもう一人男の子を乗せていました。 「赤ちゃんがいらっしゃいますし、座敷にされますか?」とお聞きし、座敷の12番に座っていただきました。 お茶をお出ししてから最近来ていただいたことのあるお客様だと気づきました。 そう、まだ先週のことだったでしょうか・・・。 去年までよく来てくださっていたお客様が久しぶりにお見えになったのですが、お連れのお客様のお顔が違います。いつもはどこかの近くの会社の社長さんと、そこの従業員さんの女性の方、という感じでしたが、そのとき社長さんは若い男の人を連れていらっしゃいました。 「あらあ、お久しぶりです。今日はいつもの方とご一緒じゃなかったの?」と母が聞くと、「去年の10月に亡くなりました。」と・・・。 「え・・・。」 母もそのときは驚きを隠せませんでした。 こちらの社長さん、自分の会社の従業員さんが胃癌であることが分かり、お昼休みに色々なところに食事につれていってあげていたそうです。 「彼女は、何処に行きたい?と聞くと、いつも会津屋さんと言ってねえ・・・。今日は彼女の息子さんに、お母さんの好きだったお店に行こうと言って連れ出してきたんです。」 息子さんは、彼女によく似ていました。笑ったときの笑顔とか・・。 「先日はお邪魔しました。今日は妻と子供を連れてきました。」 そう言うと、彼はお薦め定食と天ザルを注文されました。 膳をお持ちしたとき、「あ・・・。」と不思議な顔をされました。 「そうか、僕はオーダーを間違えました。ザルのお薦め定食にしようと思っていたのに、下に書いてある天ザルをオーダーしてしまいました。 「取替えましょうか?」とお聞きすると、「いえ、大丈夫です。」と・・・。 その時、奥さんも変な顔をされていたので、私はなにか様子が変だなあ、と思いつつ、そのままにしていました。 ご夫婦の連れていた赤ちゃんはとても人懐っこく、私にも母にもにこにこしながら抱かれてくれました。 久しぶりの赤ちゃんを腕に抱き、子供達の小さかったころを母と思い出していると、彼はこう言いました。 「この子は、母が亡くなってから2週間後に生まれました。」 それを聞いた母は、静かにこう言いました。「お婆ちゃんの生まれ変わりかも知れないわねえ。」 私はなんだか涙が出そうになってきてしまいました。 「すみません。パックを一ついただけますか?母がこちらに来たとき、おこわがいつも売り切れでなかなか食べられなかったと聞いたので、今日は母にお供えするのに少し持って帰りたいのです。」 私はこらえきれなくなって赤ちゃんを抱いて外にでた。 「おばちゃんと、チュンチュン燕さん、見てこようか・・。」 赤ちゃんを抱いて燕の巣を見上げる私の元へ、母がやってきた。 「かわいいなあ。赤ちゃんは、罪が無いなあ・・。」 「あの方が来られたとき、一度猫が入り込んできて店の中を走り回ってなあ・・・。そんな事があってからは、お店に入ってこられて私の顔を見るとすぐ、その時のことを思い出して笑ってはったなあ。」それから、母はなにも話さなくなり、赤ちゃんを抱いて縁台にずっと座っていた。 ご夫婦が帰られて、座敷の片付けに上がった私はふと気がついた。 彼は天ザルを間違ってオーダーしてしまったために、一つしかないおこわに殆ど手を付けずにパックに詰めたのだ。奥さんが変な顔をしていたのもそのせいだろう。パックをください、と言われたときに、どうしてお供え用のご飯を別に持って帰っていただくことを、思いつかなかったのだろう・・。 気がつかない自分に落ち込み、反省しました。
今度来ていただいたときは、忘れずにお供え用のおこわをお持ちしよう・・。
そんな事を考えながら、赤ちゃんを寝かせるために並べられた座布団を片付けていました。
色々なことがありましたが、早いもので、私が店に入って一年が経ちました。
偶然ちょっと立ち寄っていただいたことがきっかけで、その後もこうしてずっと変わらず応援していただいて・・・。私にとっては、まったりさんのその変わらぬ温かさこそ、なかなか出来ないことだと思うのです。
親子でお店をやっていると、愉しいことばかりではありません。つまらないことで言い合いになってみたり・・・。でも、すぐに忘れて笑っていられるのは、やはり親子だからかもしれません。
まったくその通りです。店にお伺いしてもすぐに声をかけていただくお母さんの心遣いには感服いたします。
社長さんが亡くなった従業員の息子を連れてみえたということですが、なかなか出来ないことですね。
また、お供えにするのに母が好きだったおこわを求めにみえた。出来そうで出来ないことです。心温まります。
これからもお店の雰囲気に寄せられるリピーターが増えていくんでしょうね。
心あたたまる会話の情景に、お店の雰囲気が感じられます。