細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(121)「歴史が教えてくれたこと」 小野寺 菜乃 (2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-21 08:32:00 | 教育のこと

「歴史が教えてくれたこと」 小野寺 菜乃

 仲のいい友人に「お前は本当に興味のないことにはとことん興味がないよな。」と言われたことがある。人間誰しも興味のないことがあるし、「興味のなさ」に度合いなんてあるのだろうかとその時の私は思った。しかし友人はそういう一般的な話をしているのではなく、私は知識の幅に大きく偏りがあるという指摘をしたかったようだ。確かに好きなことには色んなアンテナを張り、その事柄に関する知識を得ることを非常に楽しみにしている。一方で私は好きなこと以外に対する知識がとことん薄い。例えばテレビ番組や芸能人の名前はあまりよくわからないし、有名な偉人の名前を出されてもパッと誰かわからないことがある。世間一般の人々が当たり前に知っていることを私は知らないことがある。そのため日々を過ごす中で私の知らない当たり前に気付かされる時、先ほどの友人の言葉を思い出すのである。

 最近、私はこの「好きなことだけに興味を持ち続ける」という癖(それとも私の特徴?)がどうしようもなくもったいないと感じるのだ。そう思わせてくれたのが「歴史」という存在だった。私は大学2年生の夏あたりまで歴史が嫌いだった。小学校から中学受験のために機械的に歴史の年号と出来事を暗記させられ、中学高校でも卒業するために最低限歴史を覚えさせられた。そのため私にとって歴史はただ暗記するだけの辛い科目でしかなかった。だから歴史の内容が面白いとか言う人たちはきっととても頭が良くて自分には理解できない領域で物事を語っているに違いないとまで思っていた。しかし大学2年生の夏休みにたまたまYouTubeでおすすめ動画に出てきた小学生でもわかる歴史シリーズという動画がきっかけで私の歴史に対する考え方は大きく変わった。その動画では歴史の要所をざっと話すだけで詳しい用語は一切出さずに説明してくれるので歴史が嫌いな私でも楽しく見ることができた。そこからはそのシリーズの動画を一気に見てさらにはチャンネル登録までしてその動画を追うようになった。最初のうちはその動画を見るだけで満足できたのだが、じわじわと「もっと詳しい内容が知りたい」と思い始めたのだ。そこで私は図書館に行き、歴史の本を少しずつではあるが読んだりするようになった。歴史にはちょっと変わっているけど面白い人がたくさんいるんだと、もっと早くに歴史は面白いんだと気付ければよかったと今は思う。この大学2年生の夏休みからの出来事で私は今まで興味を持たなかったけど面白いものはたくさんあるのかもしれないと実感するに至った。興味を持たないけど面白いものがたくさんあることは当たり前ではあるのだが私は実感することでそれを当たり前と理解することができた。そのため、興味のないことに一切アンテナを張らない私の癖はもしかしたら面白いことを見逃してしまっているのかもしれないことに気付かされ、勿体無いことをしてたと感じたのだ。

 そして、歴史が教えてくれたのは私の癖が勿体無いということだけではなかった。歴史は物事の多面性というものを私に実感させてくれた。歴史は昔の私にとってただ暗記しなければならない辛い科目であったのに、歴史を教えてもらうのではなく自分から学びに行くというスタイルをとるだけでこんなにも楽しみが増えるとは思いもしなかった。教育の場では最効率を求めてカリキュラムが組まれるため学生の興味を煽ることができるかどうかは教師の力量によりけりという形になっているように思う。確かに大勢の生徒に同じことを理解させるには今の形態があっているのかもしれない。しかし今の教育形態のままだと私のように歴史が嫌いなまま生きることになる人や数学が嫌いで数字も見るのが嫌だという人がたくさん生まれてしまっている現状がある。だからせめて(数学とは異なりどこから入っても楽しく学ぶことができると思う)歴史という科目くらいもっと自由な教育形態になってもいいのではないかと私は思うのだ。


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