(2003/4/21)
問題の多い高齢者医療制度
土田武史(つちだ・たけし)商学部教授
政府は3月28日、保険者の再編・統合、高齢者医療制度、診療報酬体系の3つの改革に関する基本方針を閣議決定した。焦点の高齢者医療制度については、(1)75歳以上の後期高齢者を対象に独立保険制度を創設する、(2)65歳以上75歳未満の前期高齢者については国民健康保険と被用者保険の間で医療費負担の財政調整を行う。これにともなって、老人保健制度および退職者医療制度は廃止するが、国保および被用者保険は、別建ての連帯保険料により、後期高齢者の制度の財政支援を行うとしている。また、これに並行して保険者の統合・再編をすすめるとして、国民健康保険、政府管掌健康保険、健康保険組合のそれぞれについて、都道府県単位を軸とした統合・再編を行うという基本方向を示した。これらの医療保険制度体系に関する改革は、2005年度に法改正を行い、2008年度から実施するとしている。
この基本方針については、高齢者医療制度に関する改革と保険者の統合・再編をあわせて行おうとしている点は評価できる。高齢者医療制度をめぐる問題は、高齢者を多く抱えざるを得ない国保制度の問題でもあり、国保をはじめとする医療保険制度の改革とワンセットで行わなければ実効性が乏しくなる。先に頓挫した改革案では、国保改革抜きの高齢者医療制度の改革であったが、今回は両制度の改革を同時に行おうとするものであり、その方向は評価できる。
しかし、改革案の具体的内容をみると、多くの問題点が含まれている。まず、75歳と65歳で区切って制度を二段構えにしている点である。前期高齢者と後期高齢者では疾病率が異なるとか、就業状態が異なるとか、あるいは老人保健法改正で対象者を75歳に引き上げたことや、65歳で区分する介護保険との関連など、幾つかの理由が考えられるが、高齢者の医療制度を二分する必然性があるとは思われない。それを敢えて二分化したのは、これまで激しく対立してきた改革案を折衷し、その主張の一部を取り入れることによって関係団体の反対を抑えようとしたからであろう。
すなわち、75歳以上の保険制度創設という厚生労働省試案のA案(自民党案、日本医師会案に近い)をベースに、年齢構成や所得に着目した制度間の財政調整を行うとしたB案(坂口私案、国保中央改案に近い)を前期高齢者に適応させ、さらに老健制度拠出金と退職者医療拠出金の廃止を求めた健保連をはじめとする被用者保険側の主張をミックスした結果が、こうした基本方針になったものと思われる。そのため、制度が複雑化したばかりでなく、高齢者医療制度の理念、目的がはっきりしないものとなってしまった。就労状態などを考慮するのであれば、年金受給で区分した方がわかりやすい。結局は財政対策に重点をおいた改革案といえるが、高齢者の負担、国保・被用者保険の拠出額、公費負担割合など、不明確、不確定な点が多く、今後の検討課題が多く残されている。
さらに、後期高齢者の独立保険についても問題が多い。まず、保険者がどうなるのか明示されていない。坂口厚生労働大臣は市町村に都道府県を加えた地域型の公法人といっているが、そこでは保険者と地域住民がどのような関係を築いていくのか、はっきりしない。この点は、保険者の統合・再編において、国保を都道府県単位に広域化するという方針にも関連している。これまで多くの市町村国保は、住民への保険給付のみならず、疾病予防や健康づくりに積極的に関与し、それぞれの地域に見合った創意工夫をこらしながら大きな成果をあげてきた。そうした経緯をみるとき、地域保険の再編成は、幾つかの市町村の統合や二次医療圏による統合などもっと多様な選択肢があっていいと思われる。
また、高齢者保険制度には国保・被用者保険から財政支援を行うとしているが、その保険制度のなかで支援する側の主張がどのように反映されるかもはっきりしない。高齢者のみでその医療費をまかなうことは難しく、現役世代からの連帯保険料の拠出は避けられないが、拠出だけにとどまるとすれば従来の老人保健制度における問題が蒸し返されることになる。とくに被用者保険の拠出額が大きくなることが予想されるだけに、高齢者医療制度に現役の被用者保険が関与できるような仕組みが必要であろう。
前期高齢者の財政調整も、多くの問題点を抱えている。これに該当する人口は1,400万人で、そのうち国保加入者が1,100万人(その中の退職者医療の対象者は570万人)、被用者保険加入者が300万人といわれる。こうした構成のもとで加入者数に応じて財政調整を行うとしているが、基本方針では明記されていない公費負担の取り扱いとあわせて、被用者保険からの調整金をどのように決めていくのか。今後の動向が注目される。
略歴:秋田県に生まれる。1969年早稲田大学政治経済学部卒業、72年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。日本労働協会、(社)産業労働研究所、国士舘大学教授を経て、93年早稲田大学商学部助教授、95年より教授。博士(商学、早稲田大学)。中医協公益委員。専門は社会保障論。
主な著書には、『ドイツ医療保険制度の成立』(勁草書房、1997年)、『社会保障概説第4版』(光生館、2003年)、『先進諸国の社会保障4・ドイツ』(共著、東京大学出版会、1999年)などがある。
問題の多い高齢者医療制度
土田武史(つちだ・たけし)商学部教授
政府は3月28日、保険者の再編・統合、高齢者医療制度、診療報酬体系の3つの改革に関する基本方針を閣議決定した。焦点の高齢者医療制度については、(1)75歳以上の後期高齢者を対象に独立保険制度を創設する、(2)65歳以上75歳未満の前期高齢者については国民健康保険と被用者保険の間で医療費負担の財政調整を行う。これにともなって、老人保健制度および退職者医療制度は廃止するが、国保および被用者保険は、別建ての連帯保険料により、後期高齢者の制度の財政支援を行うとしている。また、これに並行して保険者の統合・再編をすすめるとして、国民健康保険、政府管掌健康保険、健康保険組合のそれぞれについて、都道府県単位を軸とした統合・再編を行うという基本方向を示した。これらの医療保険制度体系に関する改革は、2005年度に法改正を行い、2008年度から実施するとしている。
この基本方針については、高齢者医療制度に関する改革と保険者の統合・再編をあわせて行おうとしている点は評価できる。高齢者医療制度をめぐる問題は、高齢者を多く抱えざるを得ない国保制度の問題でもあり、国保をはじめとする医療保険制度の改革とワンセットで行わなければ実効性が乏しくなる。先に頓挫した改革案では、国保改革抜きの高齢者医療制度の改革であったが、今回は両制度の改革を同時に行おうとするものであり、その方向は評価できる。
しかし、改革案の具体的内容をみると、多くの問題点が含まれている。まず、75歳と65歳で区切って制度を二段構えにしている点である。前期高齢者と後期高齢者では疾病率が異なるとか、就業状態が異なるとか、あるいは老人保健法改正で対象者を75歳に引き上げたことや、65歳で区分する介護保険との関連など、幾つかの理由が考えられるが、高齢者の医療制度を二分する必然性があるとは思われない。それを敢えて二分化したのは、これまで激しく対立してきた改革案を折衷し、その主張の一部を取り入れることによって関係団体の反対を抑えようとしたからであろう。
すなわち、75歳以上の保険制度創設という厚生労働省試案のA案(自民党案、日本医師会案に近い)をベースに、年齢構成や所得に着目した制度間の財政調整を行うとしたB案(坂口私案、国保中央改案に近い)を前期高齢者に適応させ、さらに老健制度拠出金と退職者医療拠出金の廃止を求めた健保連をはじめとする被用者保険側の主張をミックスした結果が、こうした基本方針になったものと思われる。そのため、制度が複雑化したばかりでなく、高齢者医療制度の理念、目的がはっきりしないものとなってしまった。就労状態などを考慮するのであれば、年金受給で区分した方がわかりやすい。結局は財政対策に重点をおいた改革案といえるが、高齢者の負担、国保・被用者保険の拠出額、公費負担割合など、不明確、不確定な点が多く、今後の検討課題が多く残されている。
さらに、後期高齢者の独立保険についても問題が多い。まず、保険者がどうなるのか明示されていない。坂口厚生労働大臣は市町村に都道府県を加えた地域型の公法人といっているが、そこでは保険者と地域住民がどのような関係を築いていくのか、はっきりしない。この点は、保険者の統合・再編において、国保を都道府県単位に広域化するという方針にも関連している。これまで多くの市町村国保は、住民への保険給付のみならず、疾病予防や健康づくりに積極的に関与し、それぞれの地域に見合った創意工夫をこらしながら大きな成果をあげてきた。そうした経緯をみるとき、地域保険の再編成は、幾つかの市町村の統合や二次医療圏による統合などもっと多様な選択肢があっていいと思われる。
また、高齢者保険制度には国保・被用者保険から財政支援を行うとしているが、その保険制度のなかで支援する側の主張がどのように反映されるかもはっきりしない。高齢者のみでその医療費をまかなうことは難しく、現役世代からの連帯保険料の拠出は避けられないが、拠出だけにとどまるとすれば従来の老人保健制度における問題が蒸し返されることになる。とくに被用者保険の拠出額が大きくなることが予想されるだけに、高齢者医療制度に現役の被用者保険が関与できるような仕組みが必要であろう。
前期高齢者の財政調整も、多くの問題点を抱えている。これに該当する人口は1,400万人で、そのうち国保加入者が1,100万人(その中の退職者医療の対象者は570万人)、被用者保険加入者が300万人といわれる。こうした構成のもとで加入者数に応じて財政調整を行うとしているが、基本方針では明記されていない公費負担の取り扱いとあわせて、被用者保険からの調整金をどのように決めていくのか。今後の動向が注目される。
略歴:秋田県に生まれる。1969年早稲田大学政治経済学部卒業、72年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。日本労働協会、(社)産業労働研究所、国士舘大学教授を経て、93年早稲田大学商学部助教授、95年より教授。博士(商学、早稲田大学)。中医協公益委員。専門は社会保障論。
主な著書には、『ドイツ医療保険制度の成立』(勁草書房、1997年)、『社会保障概説第4版』(光生館、2003年)、『先進諸国の社会保障4・ドイツ』(共著、東京大学出版会、1999年)などがある。