山本太郎が園遊会で陛下に手紙を渡した事が色々と取りざたされている。
陛下は招待者の何人かと話をされ、山本太郎とも話されたのだと思う。
しかし、その時間は余りにも短い、自分の想いの全ては伝えられない、だから彼は手紙に綴って来たのだろう。手紙を受け取ってくれますかと聞いて彼は渡したそうだ。
その行為が、天皇の政治利用だとかで騒がれ、自民党を初めとするバカ政治家や追従するマスゴミはここぞとばかりに彼を叩いている。中には議員辞職だ!と息巻くバカもいる。
良心的な物言いで通っているメディアも、自民党に彼の事を避難する事が出来るのか、天皇を政治的に利用してきたのは自民党ではないかと尤もな批判はするのだが、一言、山本太郎も軽率のそしりは免れないなどと付け加えている。
だが果たして彼は軽率だったのだろうか?
私は全然、そんな事は無いと思う。
天皇は彼の手紙を読んで、政治的な行動に出る事は絶対にない。そんな事は誰だって判っているし、フクシマの現実は彼の手紙の通りなのだから、それの何処が政治利用になるのかさっぱり判らない。
見苦しいのは、自民党にゴマをすっている学者共であり、コメンテイターと称するゲス人間たちである。バカ憲法学者などが、彼の行為は憲法の精神からして間違っているとかほざいていたが、そんな事よりも自民党の特定秘密保護法が憲法違反だと大声を上げろ!
本当は、昨日の金曜デモのスピーチで感動した言葉を紹介しようと思ったのだけれど、腹が立ったので、ついつい園遊会手紙騒動を書いてしまった。
昨夜の官邸前で、ある女の人のスピーチが心に残ったので記しておく。その方は、掃除婦をしていて、毎週金曜日にこの官邸前に来る事が、生甲斐なのだと述べていた。
辛い掃除の仕事もここへ来て、安倍総理に向って、原発の売込みをやめて貰いたいとか、柏崎刈羽などの再稼動はやめて貰いたいと述べる事で一週間のストレスは発散出来るのだと。近くにいた多くの人達がうなずいていたから、共感した者は多かったと思われる。実は私もその一人だ。
ほぼ毎週私がここへ通って来て、大声で叫ぶのも、生甲斐というか、原発を無くしたい想いの人達と共に、此処でコールする事が、この時代に生きる者としての、生きる証の様に思うからだ。
3・11の後、日本は変ってしまった。日本全土が確実に放射能に汚染させられてしまった。誰もがその汚染を受け入れざるを得ない世界になってしまった。だから、これ以上の汚染は何としても防がねばならない。それがこの時代に生きる人としての定めだと思うからである。
だが、人々の多くは、政府とマスゴミの世論操作で、フクイチ事故など無かったかのような嘘ばかりの日本でバカにされつくしている。
そんな人達は私等が、毎週金曜日に官邸前で声を上げているなど、知らないだろうけど、いつかは声が届くと信じている。だから、私は、毎週通って来ているのだ。
・・・と書いて来たのだが、本当はもう一度戦争に行かされ、原発ももう一回ぐらい爆発しなければ、この国の人々は気付かないかも知れないなぁ・・・という絶望も抱えていると記しておこう。