右も左もわからない職種に40歳を過ぎてから飛び込みました。そんな時、私の隣の席には静かな穏やかな若い女性が座っていました。私よりも10歳位は若いのに、落ち着いているなぁという印象でした。
ある時、私よりもも15歳くらい年上のおばさま達が、あの方は鬱でずっと休んでいたのよ、治ってしばらくたつのに、まだ仕事を制限してもらってズルい人だと私に言ってきました。ああ、そうなんだ、でも、病気だったんだから仕方ないし、病気を言いふらすのは良くないし、その方は辛かったんだなぁと思いその話は聞き流しました。
ただ、わたしはそのおばさま方と話すより、若い方と静かに隣に座っている時の方が随分心地よかったです。
だから、わからないことなんかは、その若い方にたずね、教えてもらいました。
あまり、自分の事を私もその若い方も話さないのですが、ある時、 去る人へ向けて一言メッセージを書いた色紙の文字を見ました。
その若い方は、優しさは最強とだけ書いていました。次の年も、同じ言葉を書いていました。そうこうするうちに、2年位経ってから自分の話しを打ち明けてくれました。
仕事して数年経った20代の時、原因不明の指定難病になり身体が動かず意識はある状態を過ごし、障害を持つことはほぼ確実の状態でずっと入院していた。当時の仕事のストレスは相当だった。そして、幸い奇跡的に何も後遺症なく職場に復帰できた。紙をめくることが出来たとき泣いた、とか話してくれました。だから、今でも辛そうな人をみるとほっとけないと。
また、復帰後、通常勤務が難しい時に依願退職をトップにほのめかされた事や、入院中の色々な言葉はかけられると辛いものがあったと具体的に内容も話してくれました。
私は、あの方はずるい人だと言ってきたおばさん方の根も葉もない噂話を、その方の話しを聞いて更に酷いなとも思いました。私から見るとその方はおばさま方に何の迷惑もかけていない。
優しいことが最強だと彼女が思うのは、自分が辛い時に人からかけられた言葉を良くも悪くも痛い程感じたからだと思いました。噂話もなんとなく感じとっていたかもしれません。
辛い時、聞きたくない言葉はあり、それゆえ、話したくない時もあります。聞きたくない言葉は、その人の気持ちに目を向けていなくて、自分を前に出した言葉かもしれません。
辛い時も良い時も、優しさは最強。だから、優しい人はそれを持っていることを自分の強みだと思ってよいように思います。
優しさは愛ですから。