-四方のたより- Unit U Performance
明日、明後日と、應典院で、小嶺由貴が踊る。
ここ数年、彼女はカルメンへの思い入れが強いらしい。
タイトルも、Liberte selon CarmenⅡ、としている。
デカルコ・マリィが共演、
演奏には大竹徹と田中康之の両氏と、この人は存じないが、Fluteの津上信子。
-表象の森- 筆蝕曼荼羅-明代の書、徐渭
石川九楊編「書の宇宙-№17-文人という夢・明代諸家」二玄社刊より
徐渭「美人解詞」
徐渭の美人解詞は、展度、捩度など、対象に対するあらゆる攻略法が寄せ集められた筆触曼荼羅、書史上の奇書である。
鑼皷聲頻。街坊眼漫。不知怎上高騎。/生来少骨多(飛)筋。軟斗騰飜。依稀畧借鞭和/轡。做時鶻打雪天風。依猶燕掠桃花地。下地。不亂些/兒珠翠。湛描能舞軍装伎。多少柳外妖嬌。樓/中埃指。顛倒金釵墜。無端歸路又逢/誰。斜易繋馬陪佗酔。 青藤道士。
<中埃>の<中>の右上から左下へ向かう筆触、<埃>の最終筆の右上から左下へ向かう、筆毫の表裏状態に頓着しない筆触に見られるように、裏技も使うといった体。最終部<馬陪佗酔>は、筆毫が捩れたままでも強引に書き進んでいる。
捩れもあれば捻りもあり、正攻もあれば、横ざまに斬り込むことも、反攻もある。呼気で対することもあれば、吸気で返す力を使うということもあるといった趣き、無法の書の極致である。
徐渭「行書七絶詩」
美人解詞と比較してみると、筆触上の多彩、多様な面白さは少ない。それでも、書き始めの<一>から書き終わりの<仙>まで、ほとんど対象に対して筆毫が正対することがなく、いつも斜めの角度で対しているという書きぶりである。
一篙春水半渓烟。抱月/懐中枕斗眠。説/與傍人揮不識。英雄/回首即神仙。 天池。
<水>の最終画、<月><枕><眠>の細い斜筆や縦の筆、<英>などに、斜めの角度で切り込む姿が覗見される。それは、いわゆる側筆というようなものではなく、対象-社会-に対して斜めの角度で対する姿の露岩なのだ。
明代になると対象-社会-も明瞭な姿を現わし、また、作者の側もこれに対する明瞭な角度-スタイル-を持つようになったことの現れである。
―山頭火の一句― 行乞記再び -14-
1月5日、晴、行程9里、赤間町、小倉屋。
歩いた、歩いて、歩いて、とうとうここまで来た、無論行乞なんかしない、こんなにお天気がよくて、そして親しい人々と別れて来て、どうして行乞なんか出来るものか、少しセンチになる、水をのんでも涙ぐましいやうな気持ちになつた。
※表題句は、12月31日付記載の句。
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