―四方のたより― 五十歩百歩、されど‥
歳を重ねるごとに涙腺が弛む、なにかにつけて涙もろくなるというのは、どうやら当を得たことのようだ。
新しい年が明けたというに、新聞を見てもTVのNewsを見ても、どうにも暗い話題ばかりが眼につく昨今のご時世だが、それらの記事や報道ひとつに、はからずもつい涙してしまうことが、この頃ずいぶんと多くなった自分に、いまさら気づいては少なからず驚いたりしている。
はて、どうしてこんなにも涙もろくなってしまったのか、自分はこんなんじゃなかった筈なのに、伝えられる事件などの背後に潜む、その人の定めというか軛というか、そんなものが記事や報道から垣間見られたりすると、もう堪え性もなく涙してしまうのだ。
どう考えても若い頃はこんなじゃなかった。自分というものを、兄弟であれ友人であれ先輩であれ後輩であれ、あるいは本のなかの虚構の人物であれ実在の人物であれ、他者とのあいだに共通項を見出すことなどそう容易にはありえなかったし、むしろ他者と区別すること、他者との異なりにおいて自分を見出そうとしてきたし、そうやって自分の像を作ってきたのではなかったか。
それなのに、もういつ頃からだろう、60歳を境にした頃からはとくに目立ってそうなってきたような気がするのだ。
考えてみれば、これはやはり、自分自身の人生観、その転変と大きく関わりがあるのだろう、と思える。そんな気がする。
自身の向後の人生が、これ以上のことはなにほどのこともなくほぼ定まっているかに見えてしまうようになった時、人は我知らずある諦観に達してしまうのだろう。その諦観から、それまで自分とは大いに異なっていた筈の他者の人生が、そんなに違いを言いつのるほどのことじゃない、まあ五十歩百歩なんじゃないか、とそう受け止められるようになってくるのだろう。そうなれば、無縁の他者に対してすらも同化しやすくなる、縁もゆかりもない他者の出来事にもかかわらず、その定めや軛に思わず感情移入してしまい、ついつい涙することも多くなる、ということか。
ある種の諦観や達観を境にして、
たいした違いじゃない、五十歩百歩なのさ、というのも一方の真理なのだろう。
さりとはいえ、小さくとも違いは違い、その小異が大きな意味を持つ、というのもまた真理なのだろう。
願わくば、その両方に跨って大きく振れながら、残された命を生きたい、と思う。
<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>
「霜月の巻」-36
水干を秀句の聖わかやかに
山茶花匂ふ笠のこがらし 羽笠
次男曰く、挙句。冬季。前と一味に作って、客を送り出す趣向である。初巻の「たそやとばしるかさの山茶花」を踏えていることは云うまでもない。
このあと芭蕉は、12月19日には熱田に立戻り、例の「海くれて鴨の声ほのかに白し」-以下、桐葉・東藤・工山の熱田衆と四吟歌仙あり-を得たあと、美濃路を経て再び伊賀に帰った。貞享元年12月25日のことである。帰江は翌2年4月も末になってからだが、「野ざらし」の旅は、「冬の日」興業で事実上終ったと考えてよい、と。
「霜月の巻」全句
霜月や鸛の彳々ならびゐて 荷兮 -冬 初折-一ノ折-表
冬の朝日のあはれなりけり 芭蕉 -冬
樫檜山家の体を木の葉降 重五 -冬
ひきずるうしの塩こぼれつゝ 杜国 -雑
音もなき具足に月のうすうすと 羽笠 -秋・月
酌とる童蘭切にいで 野水 -秋 初折-一ノ折-裏
秋のころ旅の御連歌いとかりに 芭蕉 -秋
漸くはれて富士みゆる寺 荷兮 -雑
寂として椿の花の落る音 杜国 -春
茶に糸遊をそむる風の香 重五 -春
雉追ひに烏帽子の女五三十 野水 -春
庭に木曾作るこひの薄衣 羽笠 -雑
なつふかき山橘にさくら見ん 荷兮 -夏
麻かりといふ哥の集あむ 芭蕉 -雑
江を近く独楽庵と世を捨て 重五 -雑
我月出よ身はおぼろなる 杜国 -雑・春・月
たび衣笛に落花を打払ひ 羽笠 -春・花
籠輿ゆるす木瓜の山あい 野水 -春 名残折-二ノ折-表
骨を見て坐に泪ぐみうちかへり 芭蕉 -雑
乞食の蓑をもらふしのゝめ 荷兮 -雑
泥のうへに尾を引鯉を拾ひ得て 杜国 -雑
御幸に進む水のみくすり 重五 -雑
ことにてる年の小角豆の花もろし 野水 -夏
萱屋まばらに炭団つく臼 羽笠 -夏・雑
芥子あまの小坊交りに打むれて 荷兮 -雑
をるゝはすのみたてる蓮の実 芭蕉 -秋
しづかさに飯台のぞく月の前 重五 -秋・月
露おくきつね風やかなしき 杜国 -秋
釣柿に屋根ふかれたる片庇 羽笠 -秋
豆腐つくりて母の喪に入 野水 -雑 名残折-二ノ折-裏
元政の草の袂も破ぬべし 芭蕉 -雑
伏見木幡の鐘はなをうつ 荷兮 -春・花
いろふかき男猫ひとつを捨かねて 杜国 -春
春のしらすの雪はきをよぶ 重五 -春
水干を秀句の聖わかやかに 野水 -雑
山茶花匂ふ笠のこがらし 羽笠 -冬
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