―世間虚仮―Soulful Days-23- 後遺症に苦しむM
昨年の9月9日の事故からもう9ヶ月が経とうとしている。
4月8日に地検を訪ねてから、その後、審理のほどがどうなったのか、その進捗ぶりを確かめるべく、先日、ほぼ2ヶ月ぶりに電話をしてみたら、なんと急な異動があったとかで、担当の検事が変わっていたのには驚かされもしたし、なんだかはぐらかされたようでもあり拍子抜けの躰。
年度代わりのタイミングもとっくに過ぎての異動に、どんな背景なり事情があるのか、部外者には知る由もないし、些か腑に落ちない気もするが、此方からはなにを問うわけにもいかぬ。
新しい担当副検事の言うには、事故時の記録VideoはMK側から府警へすでに渡っているものの、その解析は専門家の手も煩わせねばならず、なお時日がかかるようだという。
なんとものんびりした話に、嫌味の一つも云いたくなるのを抑えて、審理の結果が出次第報告願いたいと申せば、それはもちろん連絡をします、と曰ったので、ではよろしくと電話を切った。
この分ではまだひと月やふた月じっと待つしかないようである。
つづいて一昨日は、事故当事者=MKタクシー運転手のMさんと久しぶりに会ったのだが、その席で、まだ治療に通っている彼の快復状況についていろいろと訊いてみたところ、なお後遺症に苦しむ日々が続いていることに、悲しくなったり悔しくなったり、またぞろ相手方Tへの憤りが込みあげてきたものである。
RYOUKOを乗せて運転していたMさんは、頸椎の3.4.5番が変形損傷しており、いまだ右手に痺れが残っているらしい。事故直後から右腕全体が麻痺していたのだが、肩、肘へと徐々に神経は快復し麻痺部分が縮小してきているという。だが彼の抱える後遺症はこれだけではない。事故直後より彼は、頸椎損傷による整形外科だけではなく、心療内科にもずっと通っており、最近になって心療内科から精神科にかわったというのである。おそらくPTSDの畏れがあるのではないか。その素顔が真面目で誠実な人柄であるだけに、長びく事故解決の道が彼の心に余計な負担を強いているのが気にかかる。
<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>
「空豆の巻」-02
空豆の花さきにけり麦の縁
昼の水鶏のはしる溝川 芭蕉
次男曰く、季節の植物に動物を取合せて一風物詩とした、打添の作りだと容易にわかるが、水鶏-くいな=秧鶏-は、「はなひ草」「毛吹草」「増山の井」などいずれも仲夏の季としている。その鳴声が朝夕に人情を惹くのは、麦も既に赤らむ候だ。一方、空豆の花が咲残る風情といえば、せいぜい青麦の穂の出揃う候までである。
発句と脇句を同季に作るという約束は、連句の季続のなかでもとりわけ大切な心構えだから、初夏も仲夏も同じという訳にはゆかぬ。
水鶏たたくは和歌以来のゆるぎない遣方である。
「水鶏だにたたけば明くる夏の夜を心短き人や帰りし」-古今和歌六帖-
「たたくとて宿の妻戸を明けたれば人もこずゑの水鶏なりけり」-拾遺集・恋-
「そこはかとなう繁れる蔭ども、なまめかしきに、水鶏のうちたたきたるは、誰が門鎖してと、あはれにおぼゆ」-源氏物語・明石-
連・俳で水鶏を仲夏の季題とするのは、渡りの生態ではなく、繁殖期に入る鳴声によるが、とくにヒクイナのキョ.キョ-コッ.コッ-と、一声毎に間を置く冴えた声を、戸を叩くと云って古人はよろこんだ。容易に飛び立たず、草むらをくぐり歩く素早さも、この鳥の習性である。当然、昼間でも人目につきにくい。
青麦の畝の間に咲残った空豆の花と、敏捷に溝川を走る水鶏とは気転の取合せと云えようが、「たたく」と遣わず「はしる」とした含みは、初物-はしり-を掛けて「水鶏」を仲夏から奪い、初夏の風物と覚らせる狙いにあるらしい。水鶏はたたく前にはしると云えば、滑稽が現れる。発句の季に合せ、鳥の生態にも適う旨い俳言だろう。むろん、着眼は他に例がなく、芭蕉の造語のようだ。「水鶏はしる」は、初夏の新季語と見なしてよい、と。
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