AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
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劇場版 宇宙からの色 

2020年08月12日 | ルルイエ異本
こういう映画が日本で上映されるのをずっと待っていた!


今回私が意気揚々と鑑賞してきたのが、ニコラス・ケイジ主演の『カラー・アウト・オブ・スペース ~遭遇~』。

まぁ普段だったらこんなB級感漂うSFホラーなどわざわざ観に行きはしない。
撮ったのはリチャード・スタンリーというマニアの間ではカルト的人気を誇っている監督らしいけど、私は全くあずかり知らなかった。

そんなホラー映画に疎い私が、このコロナ禍の最中躊躇なく映画館に足を運んだのは、この作品『カラー・アウト・オブ・スペース ~遭遇~ 』が、我が敬愛するH.P.ラヴクラフト原作の『宇宙からの色』(『異次元の色彩』とも)を映像化した作品だったからに他ならない。
しかし、邦題なんでカタカナにしたんかなぁ~・・・絶対『宇宙からの色』の方がカッコいいって!(そうでもない?)


『宇宙からの色』は、ラヴクラフト本人が一番の自信作と公言してた作品で、1882年アーカムに棲む農家の庭に突如落ちてきた隕石がもたらした恐ろしい怪異の物語。
まぁ彼は超形容詞の人だから、その土地に棲む生き物の身も心も蝕んでいく、宇宙からやってきたなにやら得体の知れないものの恐怖の物語を(結局そのものの明確な正体はわからないまま終わる)どうやって映像化すのか、非常に難しい題材だったのではないかと。




まぁいままでにラヴクラフト作品はちょくちょく映像化されてはいるんだが、原作からは随分とかけ離れたものが多く、ただのB級スプラッター、怪物譚に終始したあまり宇宙的恐怖の感じられないものがほとんどであったかと。
スティーヴ・キング原作の『ミスト』や、ジョン・カーペンター監督作『マウス・オブ・マッドネス』なんかはクトゥルー神話映画とは言われているが、やっぱクトゥルー好きとしては、邪神の固有名詞だとか、暗黒の書物だとか、なにか決め手となるアイテムが出てこないと、なんだかはぐらかされたような気分で終わってしまうのだ。
ただ、今回の作品はタイトルまんまやし、トレーラーを観る限りではなかなか期待が持てるものだった。

極彩色の悪夢…ニコラス・ケイジ主演映画『カラー・アウト・オブ・スペース─遭遇─』予告編



奈良のシネコンでやってくれていたのはありがたいね。
この映画館久々。名前変わってたけど。



封切三日間だけ、来場者にはステキなポストカードが配布された。
ただし、パンフはなし。残念。



三日間別々のポストカードが用意されてて、三日目のサイケなデザインのが欲しかったなー



まぁこのコロナ禍の時期に、こんな映画を観ようなんて人奈良じゃあせいぜい2,3人くらいだろうと4番スクリーンに入ると、まぁまぁ人が入ってて意外だった。
この人たちは何を思ってこの映画を選んだのかしら?ただのホラー好き?マニアの人?ニコラス・ケイジLOVE?
私はというと、もうクトゥルー好き丸出しの格好で、「やっぱ観に来てるよあっち方面の類のやつが」とか思われてたかどうかは定かではない。


アーカムの西は丘陵が荒々しく聳え、斧に切り込まれたことのない深い林の広がる谷がいくつもある。

暗く狭い渓谷があり、そこでは木々が異様に傾いていて、日差しにふれたことのない小川が・・・・・


と、もう冒頭のナレーションからして、原作を再現しようという気概に満ち溢れていてワクワクした。
本作は、原作のように19世紀のアメリカが舞台ではなく、すでにスマホが普及している現代の話で、言うなれば現代版『宇宙からの色』といったところ。
全体の流れとしてはよくあるSFホラーの展開で、別にラヴクラフトやクトゥルー神話の予備知識がない人でもホラー好きなら普通に楽しめる内容かと。
この映画を観て、SFホラーファンの人はジョン・カーペンターの『遊星からの物体X』を連想したかもしれないが、まぁあの映画もラヴクラフト原作の『狂気の山脈にて』をベースとした作品と言われているので必然のことであるかと。

世間ではニコラス・ケイジが徐々に正気を失っていく、ぶっとんだ演技が特に絶賛されているが、そこは監督が“発狂していく”という要素を原作の暗い感じまんまではなく、多少ユニークに演出した結果であろう。
クトゥルーTRPGの世界でも”正気度”というポイントがあって、クトゥルー神話の世界ではこれがかなり重要視されるのである。


まぁ『宇宙からの色』の原作は、舞台こそアーカムだが、特に旧支配者の固有名詞や暗黒の書などは出てこず、これはクトゥルー神話に属するものかというと、大いに疑わしい気がする。
が、スタンリー監督はこの作品をクトゥルー神話たらしめる様々なギミックを施している。

最初、いきなり長女ラヴィニアが湖の畔で石のサークルを作ってなにやら悪魔主義的な儀式を執り行ってるシーンが出てきて、いや、これはちょっといきなりやりすぎやろと思ったが、これは単なるキャラでアメリカによくいるオカルトファッション系のゴシック女子という設定なのだろう。
で、彼女が自身のコレクションで所持してるものの中に、あのアラブの狂詩人が著したとされる恐るべき禁断の魔導書『ネクロノミコン』が含まれていたりする。
終盤の危機迫る最中でも、その『ネクロノミコン』を開き、自分の体中に刃物で魔除けの記号みたいなものを切り刻んだりするんだが、彼女の持ってたものはアマゾンとかで簡単に購入できそうなペーバーブックみたいな安っぽいもので、当然ながら効き目は全くなかった。

あれならまだ私の所持してるものの方が神通力ありそうだ。



そしてこの呪われた土地へ調査に来たプロヴィデンス出身のイケメン水質学者。
ラヴィニアと湖の畔で遭遇していきなり色目を使う。ラヴィニアもまんざらでもない様子。
この水質学者の名前がワード・フィリップス。そう、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの名前をモジったものだ。
で、彼が上着の下に着てたのは、これ気づいた人少ないと思うけど、多分あれミスカトニック大学Tシャツ。

実は私も当日着ていったんだけど、誰が気づいてくれようか・・・



ラヴクラフトが小説の中で提唱した”未知なる邪悪な宇宙からの色”の再現は、ピンクがかった紫の気体という形で表していたが、まぁ映像としてはこれが精一杯だろう。
そこは大目に見るとして、スタンリー監督はクライマックスで、実におぞましくも見事な独自のエンターテイメント性溢れるホラー展開を盛り込んでいる。

後半、”宇宙からの色”がいよいよ邪悪な猛威を振るい始め、ついにガードナーの家族に悪意剥き出しの攻撃を仕掛ける。
この展開はほんとうにおぞましかった!言うなれば、親子のシャム化である。
悪魔の所業としか思えないような、おぞましい姿にさせられた妻と幼い末っ子を、夫ネイサンはそれでも必死で救おうと、二階の部屋へと隔離するのだが・・・

その後の展開、これも見事というほかなかった。
あの薄暗い隔離部屋にて、蹄を持つおぞましいクリーチャーが出現したときは、ゾゾ気立つと同時に、興奮して思わず「クトゥルフ・フタグン!!」と叫びそうになりました。
この場面を観て、英ブリチェスターの旧支配者アイホート、あるいは千匹の仔を孕む森の黒山羊“シュブ=ニグラス”の顕現を連想したのは私だけだろうか!?





あと、アルパカ。



ホラー映画にアルパカを絡ませたのは、おそらくスタンリー監督が初めてだろう。
いやいや、この監督なかなかおもしろい発想の持ち主だね。
この映画により、今回またクトゥルー神話に「アルパカ」という新たなアイテムが加えられたことを嬉しく思う。


次作『ダンウィッチの怪』も(これもニコラス・ケイジ主演)大大大大大期待!!

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