バンコクで鍋と言うと、奇異に感じる人がいるかもしれない。確かに、寒い時期に家族で湯気の立つ鍋を囲み、フウフウ言いながら食べるのは格別である。熱燗があればさらに良い。しかし、暑いバンコクでつつく鍋も意外とオツなものなのだ。
面白いことにタイにも鍋文化がある。一番人気はタイスキと呼ばれるもので、日本の寄せ鍋に酷似しており、締めに雑炊を作ったり、麺を入れることも可能だ。MKやコカなどバンコク都内にはチェーン店もある。日本と異なるのは、ニンニク、刻み唐辛子、パクチーを好きなだけ投入して調味するタレだろう。二番手がタイ東北部の鍋であるチムチュムだ。これは、レンガ色の素焼きの土鍋(日本の土鍋とは異なる)に全ての具材を放り込み、蓋をして煮るものであり、お一人様でも楽しめるスグレモノだ。肉に生卵をからめて鍋に投入する点が興味深い。
しかし、マイブームは何といっても牛もつ鍋である。日本でも博多もつ鍋が有名だが、ホルモン(小腸)の脂があまりに多すぎるので、私はつい敬遠してしまう。バンコクのもつ鍋は似て非なるものであり、レバー、肺、腱、センマイ、シマチョウ、ガツ、ハチノス、ルークチン(すり身団子)等々、柔らかく煮込まれた様々な具材が、モーファイ鍋と言って中央に火のついた炭を入れる富士山状の突起がある鍋で供されるので、最後まで熱々を楽しむことができる。2-3人前の分量があり、お値段も200バーツ(約840円)前後とお財布に優しい。私が愛して止まない牛もつ鍋専門店は、クロントーイにあるヘンチュンセンであり、ここに来た際には必ず野菜(空心菜ともやし)と揚げニンニクチップを追加し、最後に極細米麺(センミー)で締めるのを常としている。スープは漢方系のトゥンスープで、お椀に取り分けた後、最終的に4種の神器(ナンプラー、砂糖、酢、唐辛子)で好みの味付けにするのだが、十分に味が付いているので、私は粉唐辛子を少々振りかけるだけだ。
チュラ大のタイ語コースの中間試験が終わった打ち上げに、クラスメイトのたまちゃんとワタイ君を連れてきた。熱々の鍋に冷たいビールを合わせて、学生生活を大いに語ろうというのである。喜んでもらえる自信はあったのだが、何とビールを置いていないと言うので、一瞬目の前が暗くなった。以前は置いていたのだが、どうしたことだろう。コーラでもつ鍋なんてあり得ないではないか!しかし、そこはタイの緩いところ。店を仕切っているお姉さんが、「脇にあるセブンイレブンでビールを買ってくればいい」と助け舟を出してくれた。もちろん持ち込み料はなし。店側で栓抜きと人数分の金属マグカップと氷を用意してくれたので、我々は美味いもつ鍋とビール5本を平らげて心から満足し、かくて私はホスト失格を免れたのであった。