パイ
パイとはどういうものをパイというのだろう?料理に特に興味がなくてもパイには甘いアップルパイやストロベリーパイだけではなく主食となるミートパイやフィシュパイがあることをご存じだろう。様々な形をした、様々なフィリングを入れたパイは一体何処から来たのか、パイがこの世に現れた理由は、そしてその時パイはどんな形をしていたのか等々、疑問は尽きることがない。できるだけ古い文献;アピキウス( AD 300-400年に編纂されたローマの料理書 )にさかのぼり、パイの姿を探ろうと思う。アピキウスからパイのレシピを引用すると;
287 生又は塩漬けした豚肉のハム: [Baked Picnic] HAM [Pork Shoulder, fresh or cured] PERNAM(1)
ハムはイチジク、ローレルの葉と一緒に蒸し煮にする;豚の皮は取って四角に切り、蜂蜜に漬ける。小麦粉とオイルでドウを作りハムの周りに巻く、ドウと中身が焼けたことが分かるようにドウの上に皮を飾り付ける。焼けたらオーブンからとり出してサーヴする。
(1) Pernamには通常、豚の生又は塩漬けの肩肉が使われた。
ローマ時代後期のアピキウスに記載されたパイは装飾的だが、肉にドウを巻いて高温で焼いたパイは日持ちが良く、栄養価も高いので遠征時の携帯食であった可能性も考えられる。ここでアピキウスから約1000年後の1450年頃の料理書、Contents of MS Sloane 468 (S)から、この時代に流行っていたヤツメウナギのパイを取り上げる。
生のヤツメウナギは臍の辺りで開き、血を取っておく。血を容器に入れて、内臓を取り除く。よく洗って焼く。ペイストを作り、その中にヤツメウナギをスパイスといっしょに入れる。
ブレッドでクラムを作り、ワイン又はヴィネガーと血を混ぜる。ギャランティーンを入れて穴を開けたクラストを上にのせ、る。オーブンに入れて焼く。
ヤツメウナギのパイはクラストを作ってヤツメウナギを包む。一番上に蒸気を抜くための穴を開けている。今も変わらないパイの作り方だ。クラストやパンの作り方を詳細に述べた料理書は存在しない。これは、パンやクラストを作るベイカーの仕事と料理人の仕事がはっきりと分かれていたからである。ベイカーに任された、彼にしか作ることを許されていない仕事であったからだ。
ベイカーはパイクラストを作り、その中身は料理人が作った。フィリングを入れたパイはベイカーに戻されオーブンで焼かれた。焼かれたパイは料理人に戻されて最後の飾り付けをしてテーブルに出された。
1596年にトーマス・ドーソンが著した、“ザ グッド ハウスワイブズ ジュウェルズにある;( The Good Huswifes Jewell, By Thomas Dawson )レシピを読めばパイの正体が判然とする。
骨髄のパイ
卵白を1個、砂糖を入れて上質のペイストを作る。
小さなコフィンを作って紙の上に載せてオーブンの中に少し入れる。
取り出して骨髄を入れてふたをする。小さな穴を開けて再びオーブンに入れる。割って上にブランチ パウダー( ジンジャー、シナモン、ナツメグの粉 )を振ってサーヴする。
この料理書は、家政を任された主婦向けに書かれたせいか、レシピの内容が詳しい。卵白と砂糖を使った上質のペイストだが、クラストは相変わらず固くて食べられそうにない。
ペイストは一旦オーブンに入れてコフィンの形に焼き固め、中身を入れて蓋をして焼く。中に入れた食材を蒸し焼きにすることがパイの役目である。パイになる食物は、少し湿な性質を持った食材が適している。熱い熱で水分がなくならないように蒸し焼きにする。プラム、ペア、ピーチ、スイートチェリー、パンプキン、ホウレンソウ、アヒル、鴨、骨髄、生魚、甲殻類、ヤツメウナギ、豚肉、チーズなど、元来冷で湿な食物はパイに適した食材である。内臓肉、柑橘類、デイツ、マルメロ、リンゴ、サワーチェリーなど冷で乾な食材はクラストの中に水分を補ってパイにした。それ以外の物はラードしたり、スパイスを工夫してパイにした。( 中世ヨーロッパ料理、The Forme of Cury ; 四元素説 参照 )
写真左はペイストを型に押して文様を浮き上がらせたクラストの入れ物で、中にミートのフィリングを詰めて焼いたウサギパイ。右はその型である。パイクラストは上面だけでなく横も型があり,これらを使って入れ物(パイクラスト)を作った( 近世料理 Accomplisht Cookery 参照 )。
1553年にサヴィナ・ヴェルゼリンが家族の為に書いた料理書( Das Kochbuch der Sabina Welserin )にはパイペイストリィの作り方が詳しく述べられている。
61. あらゆる形をしたパイが出来るパイペイストリを作る
手に入れることのできる最上の粉をおよそ二握り用意する。その量はどのくらいの大きさに作るかによって決まる。その粉をテーブルの上にのせ、ナイフで卵を二個と塩少量をかき混ぜる。
小さい鍋に水を入れ、卵二個分の脂を1ピース入れてボイルして溶かす。それをテーブルの粉の上に注ぎ、よく捏ねて堅いドウを作る。夏であれば水の代わりにミートブロスを使い、脂の代わりにブロスに浮いた脂を使う。ドウが錬れたら丸いボールを作って中央が盛り上がるように指の脇又はローリングピンを使って縁を延ばす。冷えた場所で冷やす。
その後私が指摘したようにドウを形作る。残しておいたドウを丸く延ばして蓋にする。水を用意して蓋の上に水を塗って、形作ったペイストリのシェルの上に指でくっつける。
小さな穴を開ける。開かないようによく付いているか確認をする。開けたおいた穴に空気を吹き込むと蓋が持ち上がる。急いで穴を塞いで、オーブンの中に入れる。
前もって皿の中に粉を振る。オーブンは適度に熱せられていることに気を配る。そうすれば立派なペイストリができる。いろいろな形に作るペイストリィのドウはこの方法で作る。
果物を入れたパイが作られるようになるのは1550年以降である。
時代が進み、小麦粉の製粉技術が良くなって、粉の粒が細かくなったことと、砂糖が比較的安く手にはいるようになったからである。( 固くて食べられないクラストの中に酸っぱい果物を入れてパイにする理由はない。)
熱の1度,湿の2度の性質を持つ砂糖をふんだんに使うことによって、冷の3度, 乾の2度のサワーチェリーに入れる、又、冷の2度、乾の2度の酸っぱいリンゴをパイにすることができたのである。
右図は1350-1550年頃に流行った健康全書。ルーアンで印刷されたタキュイナム・サニタティスである。図の下に酸っぱいリンゴの性質が明記してあり、これを目安に料理人と医者はレシピを考えた。非常に高価なものであり、所持していることがステイタスをあらわした。
Mela acetosa ( Sour Apfel )
Tacuinum Sanitatis
蛇足ではあるが、パイという料理が深い入れ物を使った料理であることを示す好例を引用して説明を終わろう。
ハウス-ワイブズ・ジュエルのsecond part of the jewelsから、パイをポットの中に作る。
脂身の少ないマトンの脚を用意して細かくミンスする。マトンの腎臓も同様にして陶製のポットに入れる。
マトンのブロスを-2レードル、ワインを少量、レーズン又はバルベリィを一握り入れて、一緒にボイルする。オレンジがあれば1/2、塩、ペッパー、クローヴ、メイス、サフランを入れて調味する。サーヴする。
参考文献
Joseph Dommers Vehling, Apicius 1936
Sabina Welserin, Das Kochbuch der Sabina Welserin 1553
Thomas Dawson, The Good Hus Jewell 1596
Robert May, The Accomplisht Cook 1660-85
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