おババ様は今日はすでに行ってきたと言ったけれど、「いこうよ~」と一緒に行った。
病室の入り口からおジジ様のベッドをみると手が動いていた。
今日は起きている。
側へ行って「わかる?」と声をかけた。
私が似たあの眼は、もう力なく。
おババ様が、義兄が送ってくれたブレスレット取り出して私に渡したので、おジジ様に見せて「お義兄さんが送ってきたよ。」といったら、手を大きく動かして顔の表情がちょっと変わった。わかったのだと思う。
9月20日に唐黶A救急車で運ばれて行った病院では、身体も手も拘束されてはいたが、車椅子で移動したり、食事も出来た。ただ、身体が異様に冷たく本人もお風呂のあとには寒がっていた。
2週間で転院したのだけれど、その日から食事はさせてもらえず、鼻からの栄養になった。
おかしなことを言うが、声はでた。話をすることはできたし、自分の怒りや不満をぶつけていた。
1月10日転院。暫くしたら、声もでなくなった。
どうして転院するたびに悪くなってゆくのだろう。
病院は病気を治すところだと思っていた自分が子供だったと思う。
「病院」病気を治してくれる医者に出会うことは難しいことなのだと色んな話しをきいたり、テレビ放送を観たりして知った。
今日父は西田敏行さんのような笑顔をした。
怒りっぽくて気分やでいばっていてワンマンで。
なのに、そうやって動けない身体でやっとやっと笑顔を作るのは「ずるい」
大喧嘩したことや悔しかったことや大嫌いだと思ったことがなくなってしまうじゃないか。
私は、あなたから受け継いだであろう強い性格を持ってあなたとは違う生き方を目指しているけれど、本当はずっとあなたの守りの中にいたことを知っている。
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